関心を寄せたもののエッセンスが引き寄せられる

私たちの「心の現実創造」について知れば知るほど、そのメカニズムのシンプルさと複雑さを感じずにいられなくなります。

私の家にはずっとワンちゃんがいるのですが、以前、飼っていたワンちゃんは部屋の中で買うことが初めてだったこともあり、子供の頃は家の柱や化粧品、靴などをしょっちゅう破壊し、ゴミ箱の中を引っ張り出すということをずっとしていたんですね。それから他のワンちゃんのことが苦手で散歩中も近くに寄ってくる子に吠えていました。

そんなこともあり、次に飼ったワンちゃんは「問題が起こらないようちゃんとしつけをしよう」と思い、本を買って勉強したり、一生懸命にしつけをし、そのおかげで家を壊すことも、靴を壊すことも、ゴミ箱に興味を示すこともありませんでした。他の子にも吠えることはありませんでした。

けれど・・・

家具を噛んで壊したり、私たちに噛み付いたり、人間の子供に唸ったりと、他の部分に「問題」が発生してしまったんですね。

つまり、私の心はワンちゃんの「〜を避けよう」とその避けたいこと、つまりワンちゃんの「問題行動」にフォーカスが当たっていたために、新しい問題行動を創造してしまったということです。

「問題行動を取らないようにさせる」という「問題」にフォーカスが当たっていたのです。

そして、その後、別のワンちゃん(今の子)を迎えた時は、一切の「しつけ」を手放し、赤ちゃんの頃に鳴いたり、抱っこしてほしくてこちらに来た時はその要求に答えました。今もそうしています。

その結果、何の問題もないワンちゃんに育ち、子供や他の人たち、ワンちゃん達にも良く懐くいいワンちゃんに育ってくれています。

問題が起きて欲しくない。

という前提から動くことで、確かにそれそのものは避けられたとしても、結局同じエッセンスのものを引き寄せてしまうのだと感じた出来事でした。これは、引き寄せの法則のエイブラハムも良く言うことですね。

 

私たち誰もがそういうことをしていると思うんですね。

過去に起きたことをベースに、それが起きないように行動するようになる。

人によっては、傷ついたから、もうそれが二度と起こらないようにしたい。そんな風に表現する人もいると思います。

人はみな、痛みを避けて、快楽が欲しいと思うのです。

けれど、そのやり方、その思考パターンが永遠に人生に「問題」を引き寄せ続けるんですね。

もう二度とああならないようにしよう。と決めたことが意識上でも、無意識下でも作動していれば、結局、自然な人生を妨げてしまうということです。

自ら本当は自然にうまくいくものを、うまくいかないように抵抗しコントロールしているということですよね。

過去の望まない出来事を基準にそれを避けようとすることで起きてくるのは、望まない出来事と同じようなエッセンスを持った出来事です。

私たちの人生に起きている「問題」とはそのことだと思います。

心にあるのが、安全で居たいから自分や他人を、自分の人生を、コントロールしたいと思うのであれば、逆にコントロールできないと感じる人生になります。

一つを無理やりコンロールできたとしても、他にコントロールできない物事が起きてくるからです。

例えば、お金を何とかコントロールして安心して生きられると思っても、病の不安や愛する人を失う不安だって起きてくるわけです。

安心を求めるのが悪いとか良いとかそういうことではなく、

こんな体験したくない、こうなったら困るから、

そんな風に特定の何かを避けることが動機となって行動する限り、いつまでもそのエッセンを引き寄せ続けるというのが私たちの心の創造のメカニズムなんです。

それが実際に人生で起こり続けていることなんですよね。

 

だから、例えば

人に馬鹿にされないように〜になろうとか

また困ったりしないように〜しとこうとか

〜が起きたら困るからこう

しないととか

そのようなやり方は機能しないということです。

ダメだとか、悪いとか、そういうことではなく、ただ疲れるし、あまりうまくいかない。ということです。

「防衛」する姿勢というのは、防衛しようと思ったようなものと同じ質のものを引き寄せるんですね。

怖れから行動する、避けようとして行動する限り、怖れているものや避けようとしているものと同じエッセンスのものがやってくるということです。

 

例えば、誰かを束縛して、自分の思う通りに行動させようとすればするほど、コントロールされた人はそのコントロール自体から逃げたいと思うのが人間です。

つまり、その人と離れたくない、逃がしたくない、と思って相手をコントロールすればするほど、前提が「失う怖れ」のために、相手が逃げていってしまうという怖れの現実化が起こるのです。

離れる苦しみを味わいたくない、といった怖れ(別離を避けたい)が束縛やコントロールを生み、相手を失うという出来事を創り出してしまうのです。

エゴの目からは、コントロールして自分の手でうまくやりくりしないと何もうまくいかないように思うでしょうし、放っておいて例えば相手が誰か他の人の元へ行ってしまったらどうしようと思うわけです。

けれど、何かを避けようとしてコントロールすると、起きて欲しくなかったことと同じ質の問題が起きてしまうんです。

実は、

コントロール=うまくいくことに抵抗すること

と表現することができます。

そう考えていくと、

過去に起きたことや怖れていることが起こることを避けようとして何かをしない。

ということが大切になってくるんです。

別の言い方をすると、

未来に何かを得るために〜をするとか、〜にならないように〜をするとか、そういう「目的」を排除して

「今」したいことをする。

ということです。

漫画を読むとか、寝るとか、バラエティ番組を見るとか、お酒飲むとか、ゲームをするとか、そういうのでもいいですし、逆にセミナーとかワークショップ参加やビジネス書を読む、資格試験の勉強をする、働くとかでも、それが本当にしたいことであれば、いいんですね。内容ではなく、自分がその時やっていて楽しいこと、なおかつ、未来の何かを得るために今、我慢するとかそういうことでなければいいんです。

今したい事を純粋にしていると、本来うまくいくはずのことをコントロールしていないことになる(抵抗のエネルギーが消える)ので、自然とうまく物事が回るんですね。

ただし、「うまく物事を回したいから、今したいことをしよう。」とかになると、またそこにある「今うまくいっていない世界」という部分が現実化していくし、それもまたコントロールなんですよね。

 

「今」したいことをして、心が嫌がらないことを自分にさせてあげているだけで(なおかつ焦ったり不安になったりせず信頼しておく)抵抗がないので、物事は本当は自然うまくいくんですね。

未来に何かを獲得するために今を生きたり、過去に起きた出来事が再び起こらないようにするために言動を起こしたりするのではなく・・・(こうした行動はすべて自然にうまくいっている世界に対しての抵抗なんです)

今の心が楽で、幸せを感じていたら、「本当はうまくいっている世界」に抵抗していないわけですから、それが見えてくるんですね。

 

未来のための対策や、痛みを避けるために何もしなくていいなんて、エゴはすごく怖がると思うんですよね。自分を守らなければ、頑張らなければと、何かせずにはいられない気持ちに駆り立てられると思うんです。

頑張ることが悪いことではなく、頑張らないと成功できない、辛いことを我慢しないと欲しいものを得られないという動機から自分に無理をさせることが抵抗なんですね。(好きなことに専心したい、そう願い側から見て「頑張る」行動というのは同じ頑張りでも違います)

私たちの多くはそうした意志を使った生き方(物事がうまくいくよう自分をコントロールし、我慢する生き方)に実はすごく疲れていると思うんですね。

こうした心のメカニズムは、私たちが無力だというわけではなく、むしろものすごいパワーがあるからこそ、幸せになるために戦ったり守ったりしなくて良いということだと思うんです。

戦わないこと、守らないこと。それこそが、自分のパワーを認め、発揮するということなんですよね。

私たちは自分や他人、人生をなんとかしようとしなくても、本当は素晴らしいし、自然に物事はうまくいくと、もっと自分や人生を信頼しても良いのかもしれません。