自分を小さな枠に当てはめない

私たちが小さな頃から生きてくる中で、自分の居場所がない。という気持ちや、自分は仲間に入れてもらえない。そんな気持ちを感じてきている方がたくさんいると思います。

以前、Eテレを見ると、子供たちの間でスクールカーストというものがあることを知りました。カーストというのはご存知の方もいると思いますが「階級」ですよね、クラスで目立つグループや人気者の集まるグループと、そうではないグループがあり、自分がどのグループに属するかということで学校生活の楽しさが変わってしまう。とそういうことがあるそうです。

自分が属したいと思っているグループに入ることができていないと思っている人は、それだけで疎外感を感じると思います。

これは子供だけではなく、大人でも感じている方は多いと思うんですね。

友人グループというだけではなく、こんな職業に就きたい、こんな人たちと仲良くなりたい、こういう生活レベルになりたい、それが叶っていなければ、それだけで疎外感を感じたり、自分だけ置いていかれている感じがすると思います。

それで、みんな、そういう自分になれるように頑張るわけですよね。

自分で目指した「枠」に当てはまれば、やっと自分は疎外感や寂しさを感じないですむと思うからです。

 

けれど、実際にご存知の方も多いと思いますが、その枠にはまっている人たちが疎外感や孤独感を感じていないかといったらそうではないんですよね。

少し前にブームを起こした「ボヘミアン・ラブソディ」のフレディ・マーキュリーは、それこそ世界的な大スターであり、セレブリティ中のセレブであり、世界中に数え切れないほどのファンがいますが、深い孤独に悩まされていたと言います。

私の知人にも、大きな会社を起こし、彼にとってマンションを購入するといえば、一部屋ではなく、一棟単位の話、という富豪であり、妻や子供がいて、外見もよく、ブランド品を着こなし、おしゃれでスマートな人がいますが、それでも満たされない。と話していることがありました。そんな人でも、自分の居場所探しを続けてセミナーを渡り歩いていたりするんです。

 

それが、年収10億の会社を起こすとしても、世界的な大スターになることだとしても、既存の「枠」を目指すことというのは、どれもあなたにとっては小さな枠なんですね。

既存の枠に当てはめようとしても、そのどれにも当てはめることができないほど、大きく可能性に満ちていて、無限の輝き、光、それがあなたという存在なんです。

 

自分を「枠」に当てはめようとした瞬間、今度は自分はその基準に合うのだろうか?自分は受け入れられるのだろうか?そんな怖れが湧いてくると思います。

例えば、モデルになりたいと思って、既存のモデルという枠に自分を当てはめようとすれば、自分の身長は体重は、ルックスは基準に合うのだろうか、年齢は・・・と、考えてああ、応募は無理だとなってしまうと思うんですね。

でも、お洒落が好き、洋服が好き、綺麗な格好で街を歩くと気分がいい、そんな気持ちを大切に生活している中で、誰かから、写真撮らせてとか、声がかかったりするんですよね。そこから広がって行ったりするんです。

 

私たちは、何かの枠にはまろうとすると、その基準に自分を合わせようとして、自分の本質(すでにそうである)からかえって遠ざかってしまうんですよね。

このモデルの例だとすれば、ファッションを楽しんでいたらよかったのに、モデルになるという「枠」を求めるあまり、ダイエットやウォーキングの学校やメイクスクール、フィットネスそういうことにばかりお金や時間を注いで奮闘努力して疲弊してしまったりするんですよね。

それで、本来の喜びの波動からずれて行ってしまうんです。

既存の「枠」にはまることを求めると、ほとんどの場合遠回りになります。

というのも、枠を求めるというのは、今の自分では不十分だという思いから生まれるからです。

肩書きを求める思いというのは、このままの自分では相手にされないだろうとか、そういう不足の思いから生まれているんですよね。

 

でも、どんな肩書きにも収まらないのが私たちの本当の姿です。

全てを超えているのが私たちだからです。

それがどんな肩書きでも、「それを求める思い」は、私たちの怖れから生まれているんですよね。

だから、多くの場合、苦しい道のりなんです。

より大きなものを小さなものに当てはめようとするからです。

 

既存の「枠」にはまれない今の自分を否定せず、

本当の自分でいてください。それを楽しんでください。

そうすれば、あちらから様々なチャンスがやって来ます。

あなただけの居場所が見つかります。

あなただけにしかできない、輝けるそんな場所があります。