欲しいものを手に入れるための間違ったプランとは?

私たちは生後1歳までの間に、

自分の面倒を見てくれる人を「喜ばせなくてはならない」という観念を持つと言われています。

つまり、お腹が空いた時にご飯をもらうために、寒い時は洋服を着せてもらうために、安全な場所で寝かせてもらうには・・・

保護者を喜ばせる必要がある。と学んでしまうということです。

欲しいものを手に入れるためには「それをくれる人を喜ばせる必要がある」と学んでしまうのです。

そして、ほとんどの人は5歳までに学ぶ「生存のための戦略」で残りの人生を生き続けると言われています。

生きるために必要なものを得るには相手を喜ばせなくてはならない。

という観念を大人になっても持ち続けているということです。

もっというと、無意識のレベルでは「生きていくためには人を喜ばせなくてはならない、喜ばせることができなかったら自分は生きていけない」という観念が入り込んでしまっているということです。

 

ここで問題になるのは、欲しいものを手に入れるために相手を喜ばせようと頑張ると、相手に依存したり、その反動でどうしても相手に攻撃的な態度や反抗的な態度を取りたくなってしまうということです。

奇跡のコース(キリスト意識をチャネリングした癒しの名著)的に言えば、

依存している相手をいつか憎むことになる。

ということです。

これは普遍的な法則であり、誰かのために自分を犠牲にすると必ず相手を憎む時がやってくるということです。

 

欲しいものを手にするために私たちが身につけた「相手が欲しがるものを与えようとする」というやり方は決してうまくいかないということです。

この「相手が欲しがるものを与えて」欲しいものを得ようとするというその方法そのものが実は、

本当に自分が欲しいものを手に入れることを阻んでしまうのです。

 

欲しいものを手に入れるために必要なことは

自分の内側に存在している自然な才能を表現する

ということです。

 

アーティストが魅力的に映るのは、彼らが自分を表現しているからではないでしょうか?

媚を売ろうとして自分を抑えて誰かに合わせるのではなく、自らの内側に生まれてくる創造的な衝動を自由に表現しているからではないでしょうか。

 

特に、パートナーシップというのは親子関係の延長になることがほとんどだと言われています。

実際、親を喜ばせようと頑張ってきた人、親を喜ばせたり親の意に沿うように行動しなければならなかった人ほど、パートナーシップが困難になっている方が多いです。(我慢しすぎたり、与えすぎになったり、いいなりになりすぎたり、先回りしすぎたり、自分のニーズを無視してしまったり、反動で攻撃的になったり、依存しすぎたり)

誰かを喜ばせたいという気持ちはとても素敵なのですが、欲しいものを手に入れれるために戦略として使うと歪みが生まれてしまうのです。

「自己犠牲は愛ではありません」とスピリチュアルな世界では言われていますが、自分の中の自然な表現ではなく、相手に合わせて自己犠牲を払うということで結局、相手を憎まなくてはならなくなる時がやってきてしまうからなんです。

 

相手を喜ばせたいという純粋な動機がいけないのではなく、喜ばせることで何か欲しいものを得ようとすることや自分を二の次にしてしまうことが人間関係の困難さを生むのです。

 

欲しいものを手に入れるには、つまり愛されるためには、

相手が欲しがっているものを与えなければならない

という観念を手放しましょう。

そして、持って生まれた自分の才能をそのまま表現しましょう。

それが欲しいものを手に入れるための調和のとれた方法です。