失敗は尊いもの

私たちがもっとも成長し、欲しいものに近づけるときはどんな時だと思いますか?

ものごとが順風満帆に行っている時や成功している時でしょうか?

いいえ、失敗した時です。

私は以前、声楽コンクールに出場し本選では賞をいただいたのですが、その時に私が本選に進む成績を取ったことで、数点の差で本選に進めなかった方がいたんですね。

翌年、その方と再び同じコンクールで会ったのですが、ものすごく歌が上手になっていました。そして、見事に本選に進まれていました。

一方、私はといえば、賞をとったことで安心してしまったこともあったのでしょう、精神的な不調も重なったのですが、その年、その方に負けて本選には進むことができませんでした。

前年に賞をもらった私よりも、前年に負けた彼女の方が歌が圧倒的に上手くなっていたのです。きっと、悔しさをバネにものすごく練習をしたのだと思います。

そう考えると、本当に歌が上達するためには「失敗」という経験の方が成功するよりもものすごく役に立っていたということです。

 

私たちの多くは成功することにこだわり、失敗することを怖れます。

しかし、本当に欲しいもの、欲しいことに近づけてくれるのは「失敗」なんですね。

天(神)は確実にそれを知っているのだろうと思わずにいられない時があります。

みんな、神様にお願いするときは〜になりますように。〜になりませんように。と自分の自我のレベルで考えられる方法論や結果をお願いするんですね、でも宇宙なり神なり、私たちを超える存在というのはお願いすると、

本人にとって本当にいいこと

しかおこらないようにするんですね。自我(エゴ)にとってはこれが脅威にうつります。

私たちは小さな自己にこだわり、小さなプライドや人からどう思われるか、過去の経験、過去に人から聞いたこと、そう行ったことから物事を判断しがちです。

しかし、高次の存在というのは、本当に本当に本人のことを思っているんですね。大局を見ていますし、力を信じてくれていますし、全体の調和を見ていますし、私たちに大きなビジョンを見てくれています。

「失敗」と人間が捉えることも、逆に本当の望みを実現するために欠かせないプロセスの一つなんですね、高次元から見てみると。

失敗が怖いとき、失敗したことを嘆くとき、失敗をいたずらに怖れるのではなく、失敗こそが自分の願いを叶えてくれるのだと思ってみてください。

人間世界のルールでの失敗を怖れないでください。

本当に怖いのは失敗そのものではなく、失敗からたち直らないで投げやりになってしまうことですし、それ以上に怖いことは挑戦しないことです。自分に過保護になり、自分を守りすぎてしまうことです。

 

本当に自らの大きな夢を叶え、世に貢献している人たちは人生のどん底と言われるような時期や、本当にもう2度と立ち直れないかのように痛むような思いをした後に長年の夢などを叶えています。

 

最後に・・・

大失敗するものだけが、大成功をおさめる(ロバート・ケネディ)

おれは9,000回以上シュートを外し、300試合に敗れた。決勝シュートを任されて26回も外した。人生で何度も何度も失敗してきた。だからおれは成功したんだ(マイケル・ジョーダン)