叶いやすい願いと、叶いにくい願いの違い

私たちの中には、いろんな願いをすんなりと流れるように叶えている人もいれば、何年も同じ願いを持ちながらも、頑張っても、奮闘努力しても、苦労しても、1センチほどしか願いの実現に進んでいないように見える人がいると思います。

また、自分の願いがあれよあれよという間に流れるように実現する時と、ずっと叶えたいと思っているのに叶わない願いとがあると思うんですね。

最近、願いは「愛」によって成就する。

そんな内容の記事を書いたと思います。

 

その願いが実現しやすいか、しやすくないか。

それは、願い事そのものにもあると思いますし、願っている人の普段の心がどんな状態かということもあると思います。

まず、自分自身もそうですし、たくさんの方を見させていただいて思ったのは、なかなか叶わない、苦しい、そういう願いというのは、多くの場合、

他の人より、特別でありたい。

そういう思いから生まれている願いだったりします。

特別になりたい、という思いが悪い、というわけではないのです。

そうではなく、人と比べて特別になりたい。というのは、「分離」を選ぶということなんですね。

他の人と自分は違う、他の人より自分が優れていることを証明しなければ、そういう自分と他人の間に距離を取りたいと思う願いというのは、愛と繋がりの意図(本当の自分の意図)とはズレているので、その不調和が外の世界に現れて、精神的にキツくなったり、いろんなトラブルを見たり、そういうことが起こりやすくなります。

そして、普段の思考が、自分は人に劣っているとか、人を見返したいとか、負けていられないとか、人より優れていたいとか、そういう競争意識や比較があると、それもまた「分離」のエネルギーなんですね。

繋がりか、分離か?

シンプルですが、どちらのエネルギーかで実現するのか、成功するのか、そうではないのか、そういうのが全く異なってきてしまいます。

 

自分が願いを叶えたい。と思う時、それがどんな願いでもおそらく、他の人たちの力が必要だと思うんですね。

パートナーが欲しいと思う時はもちろん、本を出版したいという時だって、出版社の方や読者の方、そういうたくさんの人の応援が必要です。どんな仕事でもお客さんやクライアントさんという人に来ていただかなければならない場合がほとんどです。

だから、人を遠ざける(分離)のエネルギーでいると実現しにくいし成功しにくいんですよね。

人を遠ざけたい。

自分を他の人から隠しておきたい。

抜き出たい。

エゴによって、そんな風な思いを持っている時というのは、流れが生まれにくく、ハードワークでなんとかやっていくしかなくなってしまいます。

 

エゴのプランの中には、「特別な自分、優れた自分になれば、多くの人からの愛され、賞賛も人気も、お金も入ってくる」

というものがあります。

だから、人と心理的に距離を置いて、自分をひたすら高めることに時間やお金を使うんだ。

自分を磨くんだ、自分に付加価値をつけるために頑張るんだ。

そういうプランです。

私もそういうことをしていた時があります。

そういうモードに入っている時は、あまりうまくいきません。

今の自分では不十分だと思っているからですよね。こんな自分のままでは他の人たちと繋がれない、他の人たちから必要だと思ってもらえないと思ってしまっているからです。

 

人が嫌いだと成功できませんよ。ということを言っているわけではありません。

誰でも、人が怖いって、思いますよね。自然です。

ただ、きっとあなたが望んでいることというのは、「人」抜きでは実現しないと思うんですね。

 

ですから、人と自分との間に違いを作りたがっているのか、それとも他の人と自分は同じだね、と言って繋がりたがっているのかそこが大切なんです。

2020年の初めに、NHKでフィギュアスケート奇跡のレッスンという番組がやっていました。

羽生選手の振り付けもつとめるスケートコーチのシェイ=リーン・ボーンさんがフィギュアスケートを習っている子供達にこんな話をしていました。

 

自分を観客に捧げなさい。

自分を隠すことなく、全てを見せなさい。

だから観客がハッピーになるんです。

これは、ショー。戦いや競い合いではありません。

心が愛で満たされれば、その喜びが表現できる。

観客を星だと考えて。

一番大切なのは愛です。

 

ノートに書き取っておいた言葉です。

これだ。

そう思いました。

観客は「星」、本当にその通りです。

 

以前、ある歌い手の方から、「観客をジャガイモだと思って無視する」(笑)と聞いたこともありますし、「聞け!」と思いながら歌う、「こんなところで歌っているような私じゃないんだ!」と思いながら舞台つ。そんな風に教えてくれた人もいました。

どうせ、観客はみんな自分を批判しにきているのだから・・・そう話すソプラノ歌手の人もいました。

けれど、見てくれる人と自分をエネルギー的に切ってしまうと、伝わらなくなってしまうんですよね。相手をこちらに迎え入れないと、繋がりが失われてしまうんですよね。

 

ニューイヤーオペラコンサートを聴いていた時のことです。

やはり、とても人気のある方(みなさん上手いので、優れてうまいという意味ではなく)の演奏というのは、「こちらにおいでよ」「あなたも楽しもう」と誘ってくれる感じがするんですよね。

けれど、私のこの技、これだけ磨き上げた、この歌唱力、いい声を聞いて!!他の人とは違うのよ(笑)みたいなエネルギーで歌われる方というのは、緊張感が伝わってきてしまいますし、突き放されている感じがするし、「すごい。」で終わってしまうんですよね。

私も、そういうことをやっていました。しかも、全然歌えていないのに(笑)コンクールの講評とかに「う〜んイマイチ伝わってこない。」と書かれていたりしましたしね・・・(笑)

自分をアピールすることに一生懸命だと、きっとなんか違うのが伝わっちゃうんですよね。

そうではなくて、私たちは、エネルギー的に「自分を誘ってくれる人」のところにやっぱり惹かれますよね。

愛という「贈り物」を与えてくれる人のところに行きますよね。

繋がろうよ!そういうところに心は向かうんですよね。

 

上手でなきゃ、完璧でなきゃというのは本当に独りよがりで、そんなことではなくて、他の人たちが潜在的に求めているのは、エネルギー的な繋がりなんですよね。

完璧でなくても、それでも心を開いて今、自分のできること、愛を捧げてくれる人を求めているんです。

 

どんな願いでも、大切にしていいと思うんです。

ただ、もしうまくいっていっていないのであれば、その願い方を変えてみるといいかもしれません。

その願いを通して、特別な存在になったり、人に認められたり、お金をたくさん欲しいと思ったり、賞賛されたり、愛されたりしたい。実現することで、安心したい、人に劣っていると思わなくて済む。そう思っていたとしたら、

その願いを通して、

「愛を伝えられるよう、人と繋がれるようにしたい」

そう願い、そして、実際にそうしてください。

そんな風に、神様やスピリットにお願いしてもいいと思います。

 

自分は今、分離を選んでいるのか、つながりを選んでいるのか、そんなところに思い巡らせてみてください。

こんな自分では繋がれない。こんな自分では与える価値がない。

そんなエゴの思いが湧いてきたら・・・

自分はみんなと同じ神の子で、何一つ劣っていない。そう思い出し、今の自分を分かち合っていく。今の自分でできることを捧げる。同じ神の子たちに、敬意を示したい。

そう選択し、その選択を信頼されてみてください。

そこで、自分がすでに準備ができていたこと、人は怖くないということを経験すると思います。