自分に幸せを許せていますか?

自分に幸せを許せているかな・・・

と考えたことはありますか。

どれだけ人生からの贈り物(お金、仕事、人間関係、豊かさ、健康など)を受け取れるか?

それは・・・

「自分が自分に許せているだけ」なんです。

 

私たちの意識というのは大まかに分けると普段意識していることがわかる顕在意識と、意識の深い部分にある潜在意識という領域に分けられます。

潜在意識は「潜在」だけに、普段は意識上に登ってこないためそこにどんな考えがあるかというのはわからないことが多いんですね。

そして、現実化しているのは潜在意識レベルで信じていることと言われています。その潜在意識は意識全体の実に97%ほどを司っているわけです。

幸せになりたい。

そんな風に頭では思っていても、なかなか幸せになっていないという方の潜在意識には例えば・・・

・自分だけ幸せになってはいけない

・自分だけ恵まれていてはいけない

・自分だけ愛されてはいけない

・自分だけラッキーではいけない

・他の人より簡単にできてはいけない

 

そんな思いがあったりするんです。

多くのセラピーでは、例えば小さな頃の親の心無い一言でとか、虐待とか、小さい頃のいじめが原因で自己価値を下げてしまい、幸せを受け取れなくしてしまっている。という説明をするものが多く、

実は自分が恵まれていることへの罪悪感があったため、それ以上受け取れなくなっていたり、苦労ばかりの人生を送っている人が多くいる。という観点からの説明は少なかったりします。

潜在意識レベルなので、なかなか分かりづらいのですが、実際にあった話で言えば、親に他の兄弟より目をかけて貰ったことに罪悪感があると、なぜか学校などでいじめにあったりということが起きます。

他の人の家庭より恵まれていてなんでも持っている裕福な家庭で育ったことに罪悪感を感じ始めると、学校で仲間外れにされるということが起こることがあります。

他にも、学校の吹奏楽部の部活で入ってすぐになぜか他の生徒よりも楽器が上手く弾けたということに罪悪感を感じ始めると先輩にいじめられたりという方もいました。

自分は恵まれているのに、他の人はそうでもない。

お母さん(家族)は辛そう。

お母さんやお父さん、大切な人を救えなかった。

だから、自分だけ幸せになるということに耐えられない・・・・

そんな風に、豊かで愛され恵まれている状態が人間の普通の状態なのにも関わらず、「エゴ」が間、髪入れず罪悪感を持ち出すんですね。なぜなら、エゴというのは「良すぎること」に耐えられないからです。

実は、ここに挙げた理由はエゴのストーリーで、とにかくエゴは何が何でも幸せになることを阻止したいんですね、だからいろんな罪悪感の理由をつけてとにかく自分が幸せになることを禁じようとします。

わかりやすい例などでいうと例えば、

世の中では容姿が綺麗で才能のある女性が自分を決して愛さない男性とつきあって苦労していたりするのを度々目にしますが、こうした方のお母さん(近しい家族)が苦労性だったりするんですよね。

長い間、お母さんが苦労しているのを見ているから、その方の潜在意識は「自分はお母さんより幸せになってはいけない」とか、「自分よりお母さんを助けないと」「自分も苦労しないと」と自ら苦労を選んでしまっているんですね。

以前、心理カウンセラーの心屋仁之助さんが、「ヒモになったり、浮気性の男性を選んでしまうのは、『お母さんがかわいそう』」だと思っている女性に多い。というお話をしていたんですね。

実際にお母さんが苦労していたかどうかは置いておいても、お母さんがしょっちゅう父親の愚痴や苦労話を子供に聞かせていたり、辛そうにしていたり、姑の愚痴などを聞かせていると、子供は自然に「お母さんかわいそう」と思ってしまい、それが自分に幸せを許せない原因になっていくこともあるんですね。(厳密に言えば、それを「理由にしてしまう」ということです)

なので、小さい頃はいろいろできたし、割と恵まれていたはずなのに、苦労ばかりの人生だし、才能も発揮できていない、自分の人生を生きていない、と思っているのであれば「恵まれていることへの罪悪感」がないか疑ってみても良いと思います。

実は自分はできる、自分はわりと恵まれていると思っていても、恵まれていることに罪悪感がある人の多くが、無意識的に自分の苦労話をして、その罪悪感を中和しようとしたりするんですね。

罪悪感があるから、隠そうとしてしまうんですよね。才能とか、愛されていることとか、豊かなこととか。

それで、逆に人に疎まれたりする人もいると思います。

なぜなら、自分が才能があり愛されるべき人間であるということを隠すということは、周りの人を信頼していないということだからです。

それはまるで、私はたくさん持っているけれどあなたは持っていないよね。きっと、あなたには無理だから、それに嫉妬するよね?と思うようなことだからです。

それって、自分の方が優れていて、相手は自分より劣っていると思っているのと同じですよね。その想念が攻撃を引き寄せたりすることもあるんですね。

自分の中に、恵まれていてごめんなさい。才能があってごめんなさい。楽しんで生きていてごめんなさい。自由に生きていてごめんなさい。楽に稼いでごめんなさい。という思いがあると、自ら苦労の人生を選んでしまうんです。

そして、苦労し尽くしてやっと自分に幸せを許せる・・・というやり方を多くの人がしているんですね。自分を痛めつけて、罰して、やっと幸せになれる。それが潜在意識で起こっていることです。

 

もしも、ピンとくる方で幸せになる罪悪感を手放したい方は・・・

まず、「自分は実は恵まれていたんだ。」

と恵まれていることを受け入れてみてください。

そして、恵まれていることを隠さないことです。過去に嫉妬を受けたり、いじめを受けた人は恵まれていることを逆に隠さないことです。

苦労しているという仮面をかぶって、恵まれていることを隠すのをやめましょう。

そして、恵まれている分野を他の人たちと分かち合っていきます。恵まれているということは十分にあるということです。それを罪悪感なしに、隠さずに分かち合ってみてください。

才能で誰かに貢献したり、お金があるのならちょっとしたプレゼントを買ったり、人脈があるのなら誰かを紹介したり、物知りなら情報を分かち合ったり、美人なら人前に出たり・・・

恵まれていることに罪悪感を抱いてギフトを捨ててしまうのではなく、恵まれているものをみんなと分かちあっていけば、恵まれていることに罪悪感を感じる必要がないことに気がついていくと思います。

それから、苦労性の家族がいて、例えば無意識的にお母さんより幸せになってはいけない。お母さんを助けなければいけない。お母さんを幸せにしなければいけない。のようにお母さんを置いていってしまうことに罪悪感が出てくる方もいると思います。

それが誰であっても、苦労している人が目の前にいる場合、遠慮したり、一緒に幸せになるためにその人を引き上げようと思ってしまうと思うのですが、それは相手を信頼しているとは言えないんですね。

それは怖れから繋がっていることになってしまうのです。

自分がなんとかしないとその人は幸せになれない。と思ってしまうというのは共依存的な関わり方ですし、お互いを弱くしますし、そこに幸せな関係はありません。

心配するのではなく、その人の内なる力、神なる力を信頼してみてください。
相手を弱い人、というビジョンを持つのではなく、相手の中の魅力や才能、素晴らしいと思える部分にフォーカスを当て続けてください。

幸せなお母さんを心の目で見てください。

苦労していると語る人であっても、本当のところは誰もが神の子で恵まれた子なのです。

幸せになれるかどうかは、罪悪感を持たずに恵まれた自分を受け入れるか、受け入れないかの違いだけなのです。

そして、本当に幸せになろうと思えば、誰でも幸せになることができるのです。誰もが自分自身の選択で幸せになるかならないかを選んでいます。

あなたがこれまで何をしたとしても、しなかったとしても、天はあなたが無罪であると知っています。

いつも、いつまでもあなたが恵まれた自分を受け入れるのを待ってくれています。

幸せを自分に許すことについての関連記事