自分にとっての成功を定義する

成功というと、会社を経営したり、億万長者になることや、仕事などで功成りを遂げることだと思う人もいるかもしれません。

スポーツなどで金メダルやその分野で賞を取ること、などと考える人も多いかもしれません。

けれども、成功はその人それぞれです。

例えば、スピリチュアルなことを本当に極めていきたいという方にとっては、悟りを開くことがその方にとっての成功かもしれません。また、解脱して、もう二度と転生しないことがその人にとっての成功という人もいるかもしれません。

幸せな家庭を築くことがその人にとっての成功という場合もあるかもしれません。

 

実は、私たちそれぞれの魂には、その人だけの成功の定義がしっかり刻み込まれています。

けれど、それが明確になっていない時(自分の魂とつながっていない時、内なる声を聞いていない時)いとも簡単に他の人の目標達成の道具になってしまうような生き方になってしまうんです。

例えば、本当は今のテレビで十分だと思っている人が大型テレビを置くことがかっこいいし、自慢できると大型テレビを買うとすると、それはテレビを売る会社の売り上げ目標達成の道具になっているということです。

これは、大型テレビを欲しがることがいけないという意味ではなくて、何だかよくわからない理由で流されて選択してしまうと、他の人の人生を生きてしまうということです。

他にも、スマホゲームなどでアイテムや衣装を買うためのガチャにものすごい金額を課金する人もいますが、これもほとんどの場合、なんとなくゲーム内で人と差をつけたいとか、いつも新しい衣装を着ている方が自慢できるとか、そういうことであれば、それも運営会社の思惑にはまってしまっているんですよね。

 

けれど、本当にその人の中からそれが生まれてきた思いであれば、それがお金持ちになりたいとか、高級車に乗りたいとか、シャネルのバッグが欲しいでも素晴らしい目標なんです。

でも、私たちが何を成功と定義するかというのは、驚くほど他の人から影響を受けているんですね。

メディアやお父さんやお母さん、出会う人たちなどから自然に価値観を受け取ってしまってそこから自分の魂が望んでいる成功ではないものを目標にしてしまうことというのは多くの人に実際に起きていることだったりします。

 

それがスピリチュアルな目標だとしても同じです。

例えば、生きづらくて癒しに興味を持ち、スピリチュアルなことを学び始めて、「愛がすべてで、全ての人を無条件に愛せるようになることは素晴らしい」という価値観を知ったとしても、そのことが本当にその人にとっての成功でなかったら、それを実現しようとすることはその人にとって負担になるんです。

それよりも、例えば自分にとっての成功はダンスで内なる美を表現することだというのなら、それが周りに自然に愛を届けていることになるし、無理に人を無条件に愛さなければいけないという価値観を持って、それができない自分を責めるよりずっといいことなんです。

スピリチュアルなことは素晴らしいけれども、一般人とスピリチュアルな人がいてスピリチュアルな目標の方がレベルが高いとか、素晴らしいという意味ではないので、例えば、それが世俗的な目標だと言って、本当の情熱や魂の願いを諦めてしまっては生きるためのエネルギーは生まれてこないんですね。

 

本当に大切なことは自分にとって本当の成功(魂の目的)というものを知り、生きるということです。

本当に本当に自分が望んでいることを理解するということなんです。

自分を生きていないときは、自分にもメリットはあるように見えても他の人の利益のために生きてしまっています。

その生き方をしている時、自己犠牲を払っているのと同じなんですね。

自分にとっての成功をはっきりと知って、それを生きていない時、自分より動機が強い人の目的を実現する手段となって生きています。

幸せではない。自分に自信が感じられない。という時は、明らかに自分自身(内なる神や魂)との繋がりが途絶えてしまって、その人にとっての本当の生き方をしていないんです。

決して、人生そのものがこんなものだとか、我慢して妥協するのが人生なわけでもありません。

 

こうすべきだとか、こうあるべきだとかそういうことではなく、本当の自分の望みを明確にしてそれを生きることが大切なんですね。

そして、明確にしてそれがゴールになっている時、どのように実現したらいいのかがわからなくてもそれは実現したのも同じです。