それは誰の人生を生きているの?

私たちは本当に「わたし」の人生を生きているのだろうか?

と以前から度々思うことがありました。

 

昔、私が習っていた声楽の先生は、なぜ声楽家になることを目指したの?という誰かの質問に「お爺さんが歌を歌った時に喜んでくれたのがきっかけで」と答えていました。

また、他の先生も「ピアニストになりたかったけれど、手が小さくて無理だったので途中で“歌の方がいいんじゃないか”と先生にすすめられたから」と話していました。

二人とも、幸せそうじゃありませんでした。

どこか妥協して生きて、時に悲しそうに無理しているように感じられました。

それは、誰の人生なんだろう?

お爺さんのための人生?小さい手のための人生?って。

思ったんですね。

 

先日、俳優の三浦春馬さんが天に召されましたが、彼が俳優になるきっかけは5歳の頃にお母さんに劇団に入ることをすすめられたからだったそうです。

そして、十代の後半くらいに、嫌になってしまって農業高校に行こうと考えたけれど、お母さんに説得されて俳優の道に戻った。というインタビューを聞きました。

彼の人生は誰の人生だったのだろう?

と思ってしまったんですね。

お母さんのために必死に頑張っていたのでしょうか?

ご縁のあった事務所や、ファンのために、頑張っていたのでしょうか?

彼の自死は、狂気によって起こったのではなく、“ある意味の正気”に戻ったことによって起こったのかもしれません。(どちらにしろ、夢の世界から本当の世界に戻っていっただけですからずっと私たちと共に在ります)

 

以前、友人とホームセンターに行ったのですが、そこでセールがやっていたんですね。もともと、ホームセンターには買い物の予定はなくて、ちょっとぶらっと行ったんです。でも、友人は「やすい!」とか言って(笑)いろいろ買おうとしているので、「それって欲しいから買ってるの?やすいから買ってるの?」と聞いてみると、「安いから」と答えたんですね。

それって、誰のための買い物なんだろう?と思いました。

お店のため?お金のため?

 

私たちの多くは、本当に小さい頃から外側からの影響の中で生きてきてるんですよね。

それは、コントロールしてやろう!という誰かの悪意というよりも、良かれと思って、というのがほとんどだと思います。

お父さんやお母さん、先生たち、友達、テレビ番組の影響かもしれません。

テレビのCMも、ドラマも、看板も、広告も、そうですよね。

流行っているからといって選ぶのも、流行を仕掛けている人の思惑に乗っているんですよね。

家族を喜ばせたい、好きな人に好かれたい、世の中に遅れをとって取り残されたくない、そういう思いも、自分からコントロール下に入っていっているんですよね。

 

自分で選んでいるようで、実は自分で選んでいない。

自分の人生を生きているようで、本当は生きていない。

もしかしたら、そんなことが多くの人に起きているんじゃないか、そう思っています。

 

多くの人は、自分の人生の目的を知らないどころか、「本当に本当に欲しいもの」すら知りません。わかっていません。

欲しいと思っているもののほとんどが、外側から条件付けられたものだからです。

自分では自分で選んだと思っても、そうではないことがほとんどなんです。

 

本当の自分の望みを思い出す、本当の自分を生きるためには、

「私が本当に欲しいものはなんでしょうか?」

と、宇宙に祈ることができます。

 

私たちに本当に必要なことは、引き寄せの法則や願望実現法ではなく、自分が本当に本当に欲しいと思っているものを知る、ということかもしれません。

なぜなら、魂から本当に本当に欲しいものは、願望実現法や無理な努力がなくても、手に入るものだからです。