苦手を克服しなくてもいい

私たちが学校や職場、セミナー、セラピスト、習い事でもなんでも何かしらのコミュニティーに入ると、あの人ってすごいなあとか、流石だなあとか・・・自分にはできないこと、自分が苦手だと思うことをやすやすとやってのけるような人とかがいると思うんですね。

勉強とか、スポーツとかもそうですし、すぐ他の人と仲良くなれるとか、頭が良いとか、多くの人に好かれているとか、自分は苦手だと思うことが得意に見える人っていますよね。

そうすると、自分もあんな風にならなくちゃいけないととか思って自分を変えようとすることってある(あった)と思うんですね。

例えば、もっと積極的にならないととか、もっとコミュニケーションを取れるようにならないととか、もっと上手にならないととか、もっとできるようにならないととか、自分で誰かを見て、その誰かのようになろうとすることって誰にでもあると思うんです。

でも、そうならないといけないと思っているのはなぜなのでしょうか?

この自分じゃいけなくて、もっと違う自分にならないといけないのはどうしてなのでしょう?

どうして、この自分じゃうまくやっていけないって思うんでしょうか?

 

質問 誰がこの自分のままじゃうまくいかないって決めたの?

 

答え 自我(エゴ) 笑

 

エゴが勝手にこんな自分じゃダメだから、あんな自分にならないとと言っているんですよね。

でも、あんな自分にならないとと言っているエゴの言いなりになって違う自分になっても、うまくいかないんです。うまく言ったとしても、幸せを感じないんです。

だから、違う自分になろうとしなくても良いし、苦手を克服なんてしなくても良かったんです。

こんな自分では・・・と自分をそうやって鞭打つ必要なんてないんですね。

 

それよりも、「私は私自身では自分を上手に生かすことができないから、だからどうぞ私を使ってください」と、内なる神(スピリット)にお願いしてみてください。

私の身体を、心を、行為を、言葉をどうぞ使ってください。

そんな風に、誰かの真似をしたり、誰かのようになろうとするのではなくて、無限の英知を持つ自分の内なる神に、自分を使ってもらうんです。

 

私たちが本当に望んでいることも、それだと思うんですね。

本当は誰かの二番煎じなんて嫌だし、真似なんてしたくないし、自分にしかできない仕事とか、取り替えのきかない存在でいたいわけですよね。

そして、私たちは、「わたし」にしかできないことがあって、みんなここにいるんですね。

そのためには、自我がこれまで築き上げてきたと思っている自分以上の自分が本来の自分だと気づくことが必要ですし、自我が素敵だと思い込んでいる自分を握りしめないことも大切なんですね。

 

そのままの自分でいいんです。

誰かのようになろうとしたり、自分の力で苦手を克服しようとしたり、自分を変えるための涙ぐましい努力はもうやめてしまいましょう。

社会に受け入れられるために無理をすることもやめてしまいましょう。

自分の中に神(本当の自分)がいることに気がついて、その神にこの自分を使ってもらいましょう。

そうすれば、自分が一番輝けて、他の人たちにも貢献できる最高の形に、自分を使ってもらえます。

何よりも、違う自分になったら手に入る、体験できると思っていたそれが、きっと体験できるはずです。

自分を使ってもらう・・・というと自我はすごく抵抗を感じるかもしれませんが、自分というのは無限の存在で、何者にも変幻自在なので、自分で決めないでもいいし、自分で他の者になろうともしなくていいということです。自分が楽で、自分らしく無理せずいられる、それなのに輝ける、その自分の中のパートに出てきてもらうという感じです。

それでいて、全てがうまく回るということです。

 

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