自分の気持ちに正直に生きる

生きる。

なんていうと、大ごとのように思えますが、些細なことでも自分の気持ちを裏切らない、というのは本当に大切なことです。

優しい人は、他の人に合わせたり、他の人の状況にすごく配慮をして、自分が我慢すればとか思う人も多いと思うんですね。

特に、セラピーとか、お祈りとかそういったことに興味を持たれる方というのは繊細だし、なんとなく相手が望んでいることを察したりする力がある方も多いと思うので、どうしても自分の気持ちよりも、誰かの気持ちに従って行動してしまうことってあるのではないでしょうか。

 

愛というと、他人を愛しましょうとか、許しましょうってイメージが強いから、自分のことを愛するとか、許すとか、大事にするって、後回しになる方も少なくないような気がするんですよね。

 

本当に本当に些細なことでも、自分の気持ち(本当の自分の心)に反したことをすると、やっぱりその自分を裏切ったというか、自分を他の人の二の次にしてしまう原因としての怖れとかがそのまま状況として目の前に現れます。

誰かのために自分を犠牲にするとか、相手のために自分を譲るって良いように見えても、その相手に対する不信感というか、相手の不十分さを見ているそれがそのまま形になってしまうんですよね。

 

ほとんどの人は、「人が怖い」と思っていますから、人が怖いという前提から行動していくと、自分の本音(怖れない本当の自分)と不一致の行動をとってしまいます。

例えば、怖いから下手に出るのも、怖いから強気に出たり、自分を守ろうとするのも、どちらも防衛だから、防衛そのものが、起こったら怖いという出来事を引き寄せてしまうんです。

 

そのとき、そのときの気持ちというのは、ガイダンスでもあるんですよね。

自分がこうしたいとか、こう言いたいとか、これはしたくないとか、頭ではなくて、感覚としてわかることは本当の自分からのガイダンスなので、それに一致させた言動を取っていきたいわけです。

それを無視して、ここではこうすべきだとか、嫌だけど、相手にこんな風に思われるのが嫌だからとか、嫌われたくないとか、大人気ないとか、これは愛じゃないとか、責任があるからとか、罪悪感を感じたくないからとか・・・・

そんな風に怖れに従って行動していくと、本当にずれていくし、人間関係も心地よくないものになっていってしまう。

 

逆に、本当の心に正直に生きている時って、怒るかな?とか思っても相手がすんなり受け入れてくれたりします。

本当の自分と一致しているから、波動も調和、出来事も調和なんですよね。

時には、自分の本音で行動すると、切れてしまうご縁もありますが、自分に我慢させて、繋げておくほど大切なご縁というのはないし、自分の本音でいる時に切れてしまうのは、ご縁がそもそもそこまでだったということです。

自分らしく無理なくいて、そこでお互いが楽にいられる関係がいいですよね。

 

とにかく、自分の心を裏切らないこと。

自分の心をしっかり見て、忠実に、丁寧に生きたいですね。