恵まれた家庭に生まれたかったと思ったら

お正月に親戚と集まった時のことです。

みんなで生まれ変わったら何になりたい?と話していたんですね。

そしたら、私のおばが「お金持ちの家のお姫様に生まれたい」と言ったんです。

 

誰でも一度は、あんな家の子に生まれてたらなぁ・・・とか、それこそお金持ちの家に生まれていれば、もっと優しい母親の元に生まれていれば、もっと自分と一緒に過ごしてくれる父親の元に生まれていれば、音楽一家の家に生まれていれば、社長の息子に生まれていれば・・・

など、何かしらもっと恵まれた家庭に生まれていたら、自分はもう少しマシな人生を送れたんじゃないか、なんの心配もなくもっと楽しく生きれたんじゃないか・・・

そんな風に思ったことがあると思います。

 

そういう豊かで、愛に溢れていて、どんなことでもサポートして応援してくれるような完璧な親、安全基地があったなら・・・

自分はもっと自由に、なんの心配もなく、自分を思い切り生きられる。

もっとチャレンジできる。楽しめる。

そんな風に思ったことがあると思います。

 

実は、あなたはそんな素晴らしい場所に生まれた神の子です。

神(宇宙)は豊かで、愛に溢れ、どんなことでもサポートし、応援してくれます。

 

あんな家の子になりたかった・・・

あなたはにはそんなお家があるんです。

 

あんな親だったら良かったのに・・・

私たちの親は、私たちの幸せを望み、全てを無条件に与えてくれる慈悲深い神です。

 

私たちが、自分が神の子であることを忘れてしまっていただけなんです。

私たちが、お家から出て行ってしまっただけなんです。

神の良きものの相続人だったことを忘れてしまっていただけなんです。

 

自分のことを可哀想な子、惨めな子、足りない子、そんな風に勘違いしている時は、自分の住む場所も、そんな世界しか見えてこないんですよね。

でも、自分というのはそういえば、愛されている神の子だったんだ、豊かな神の一部だったんだ、そういう完全な自分を思い出せば、そういう世界が見えてくるんです。

 

もう長いこと、違う自分を自分だと思っていたから、そんなこと信じられないかもしれません。

私がよくメンターのアラン・コーエンから聞く、好きなお話があります。

 

その昔、宮殿に住むお姫様がいました。


彼女は幼い頃、窃盗団に誘拐されてしまいました。
彼女はその仲間たちと外で暮らし、彼女自身もまた盗賊となるよう育てられました。

彼女の匂いも、彼女の見た目も、彼女の意図することも、目的も盗賊のようになっていきました。

数年後、街に偶然いるところを王様の召使いに発見され、宮殿へと救い出されました。


両親が大喜びして王女様を迎えました。


王様は彼女を素晴らしいお部屋に案内しました。


そして、豪華なリネンのベッドに色とりどりの花、芳しく香るお香、宮廷音楽家たち、素晴らしい食事が与えられました。

その夜、お姫様はベッドに横になったのですがどうしても眠ることができません。


そして、座り込むと「ここから出してちょうだい、すごく変な感じがするの、こんなの私の家じゃない」と言いました。

そこは確かに彼女の家です。

しかし、長い間、盗賊として育てられ、そうした環境に置かれ、プログラミングされてしまったため、彼女は自分がちっぽけな存在だと信じてしまったのです。
彼女自身が豊かな存在であると教えられてこなかったため、どのように受け取るかわからなかったのです。

幸いにして、彼女はここに残り宮殿に馴染んでいきました。
そして、彼女の生まれながらの権利である王国を取り戻したのです。

 

この比喩は私たち自身のストーリーに似ていると思いませんか。


私たちは神の子です。
私たちはすべてを与えられています。

 

韓国の時代劇ドラマでも、たまに、王様の子が赤ちゃんの頃に連れ去られて、貧しい家で育てられ、その後、自分が王の子であることに気づく・・・

みたいなストーリーがあるんですよね。

その王の子は、ドラマの中でところどころ、ものすごく意思が強かったり、仲間や国を思う気持ちが他の人よりあったり、自分が王の子だと知る前から、何かキラリとひかる部分があるんですよね。

きっと私たちも、こんな自分がいたの?と思うようなパワーのある自分、なぜか奇跡のようにうまく行ってしまったこと、そういう自分の中の光を感じたことが一度や二度ならずあると思うんです。

その光が神の子の証なんですね。

 

本当の自分はこんなんじゃないはず。

そう感じるのなら、それが正しいのです。

 

これまでずっと信じていたことを変えれば、光の自分を生きていくことができるんです。