外側の誰かを崇めてはいけないのはなぜ?

私たちは小さな頃から誰かや何かを「崇めて」生きてきている人がほとんどだと思います。

まず、私たちが生まれてすぐに私たちは無意識のうちに親を崇めます。

大好きなパパと結婚したい、ママは自分の恋人。

そんな風に小さな頃に思っていた人も少なくないのではないでしょうか。

親というのは、ほとんどの子供にとって「神」にも近い存在です。

 

その時、心で何が起こっているかといえば、親が自分より上の立場に置かれてしまうということです。

つまり、親をプラスの極に位置させてしまいます。

すると、自分は必然的にマイナスの極に位置するしかありません。

磁石をイメージしてみてください。

ポジティブが生まれると同時にネガティブな極も生まれます。

誰かを崇める、というのは、「私たちはみんな同じ価値がある」という中心軸のゼロポイントからずれて、相手をプラス極に置き、その反動から自分をマイナスの極に置くということなんです。

マイナスの極に置くとはどういうことかというと、「自分はダメな人間」だとか「自分はできない人間」だとか思うということですし、実際にそういう体験をしていくということです。

自分自身より、親やパートナーを崇め続けたり、相手の方が大切だと無意識に信じ込んで生きている方ももしかしたら多くいらっしゃるかもしれませんが、すると、いつまでたっても相手に迷惑をかけてしまうような自分、何かの依存症にかかってしまうなど、そういう自分から抜け出せなくなってしまうんですね。

さらには、自分をダメだ、欠けている、できない。というように見るということですから、遅かれ早かれ自分が崇めていたはずの人にもそれを投影して、あの人はダメな人だ、欠けている、期待通りの人ではなかった・・・そんな風に失望したり、怒りを感じたり、攻撃し始めたり、相手を直そうとし始めたりして関係を破綻させるということなんです。

 

他人を崇めてはいけない。あの人のようになりたいと理想を持ってはいけない。とよくスピリチュアルでは言いますが、それはこんな理由があったからなんですね。

自分よりも誰かの方が素晴らしいとか、誰かを他の誰かより特別に思う、そんな特別な思いを持つと、自分自身を弱めてしまうんです。

もしも、自分の人生は一向に振るわない・・・

冴えない ・ パッとしない ・イマイチ ・ 今一つ ・ 野暮だ ・ 精彩に欠ける ・ いいところがない ・  物足りない・・・

と感じているとしたら、何か自分以外のものに熱を上げる傾向にないだろうか?プロのフォロワー(笑)になりがちではないか?親を大切にしすぎていないか?恋愛の相手に依存しすぎてしまうところはないか?

など、思い返してみられると納得いく方も多いかもしれません。

 

これは、親や恋愛やパートナーシップだけでなく、友人、先生、メンター、アイドルなどでも同じです。

誰かに対して憧れのような思いを抱く、恋い焦がれる。あの人は自分よりも素晴らしい、あの人のようになりたい、あの人が持っているものが欲しい。

そんな思いをもつとき、エネルギーレベルでは自分をおとしめているんです。

自分はダメだと思っているのと同じなんですよね。自己否定と同じなんです。

そして、自分以外の誰かの方が自分より素晴らしいし価値があると思っている間、誰かを崇めている間、何かを達成することはあっても、成功することはできません。

 

私自身、このエネルギーの法則に長い間気がつくことができなかったのですが、このエネルギーの法則を知ると、なるほど!と腑に落ち、過去に起きたことの理由がよく理解できました。あまり誰も教えてくれない法則ですが、奇跡のコースやエネルギーの法則、2極の世界のことを学んでいくうちに気がつきました。

 

ですから、推しが尊すぎてつらい(笑)とか言っている場合じゃあないんです。本当に。推しているから、辛くなるんですよね。

それは、人だけではなく、自分以外のあらゆるものの犠牲になること、追いかけること、執着すること、自分の上に何かを置くことで、自分をネガティブな極においていつも、「自分はまだまだで欠けている」という状態を体験していくということなんですよね。

例えばお金もそうですし、有名企業とか、つまりは偶像を崇拝すると、自分は「欠けている」「まだまだだ」という気持ちを抱くし、そういう人生を体験し続けるということなんですよね。

 

それは、お金がいけないわけでも、有名企業がいけないわけでもなく、一流大学がいけないわけでもなく、それらを諦めないといけないというわけでもなく、それらを「自分より価値があるもの」として捉えたり、「それがないと自分には価値がない」と思うこと、それ自体が自己攻撃であり、自分をおとしめ、自分を欠けた存在として経験していくんですよ、というお話なんですね。

 

自分以外を崇めない。ということが本当に大切なことなんです。

讃えるのは、自分の中の神、そして、他の人の中にある同じ神です。

私たちはみんな同じで、あの人にあるものは自分にもあるし、自分にあるものはあの人にもあるんです。

あの人ができることは、自分にもできます。

なぜなら、私たちの心に全てがあり、その心を私たちは分かち合っているからです。

本当の自分の人生を生きるためには、自分は正しくて、相手は間違っているとか、自分は上で相手は下だとか、自分は下で、相手は上だとか、そういうエゴのドラマをやめる必要があります。

誰も自分よりも上でもなければ、下でもない。

そんな風に心のセンターにいられる時、自分のパワーも発揮できますし、自分だけの美しい花を咲かせ、内側のダイヤモンドを輝かせて生きていくことができるんですね。

 

蛇足ですが・・・

私たちは欧米に強く影響を受けていて、細くて、足が長くて、顔が小さくて、まつ毛が長くて、二重で・・・そういう人たちに憧れるようメディアによって仕向けられてきたように思うんですね。化粧品や洋服のモデルさんとかもほとんどそうですよね。

でも、それに近づこうとすればするほど、また崇めれば崇めるほど、私たちが日本人であることやありのままの自分のスタイルを否定して力を奪ってしまうことになるんですよね。若い子供たちが摂食障害になったりするのは、こうしたメディアの影響もあると思います。

また、テレビなどで、新しいビルができた、どこそこのおしゃれなレストランができた、新作のブランドバッグが出た、新車や新しい携帯の機種が発表された・・・そういうものは単に消費を促す戦略ですが、そうしたものに関われない自分、持てない自分はイケていない、そう思っただけで、自分なんてダメだ・・・と自然に思ってしまうんですよね。

自分を肯定するのが難しかったり、自己価値を認めるのが難しいのは、メディアの影響もあるかもしれません。

直接、自分を認めるのが難しい、価値を認めるのが難しい・・・そんな時は、まずは他人を崇めるのをやめてみる。不必要なメディアに触れることを制限する。それだけでも良いのかもしれません。