劣等感を克服するために考えてみたいこと

何かにつけ、私たちの自我というのは劣等感を感じやすいと思うんですね。

劣等感って、人に比べて自分の方が劣っているという感情ですが、劣等感を感じるのは他の人より劣っているからというより、自分の中心からズレているという意味なんですよね。

自分の中心(自分本来の道)からズレたところで、自分らしくないことをしている、それが劣等感を感じる大きな原因の1つだと思うんです。

世の中の価値観とかコミュニティーの価値観に合わせて、その中で良い成績を残さないととか、その中でトップに立たないととか、本来の自分を完全に忘れて、他の人の価値観や期待に沿って生きると、どうしたってそこで自分を発揮することはできませんから、自分って人と比べて劣っているのかもしれない・・・って思いますよね。

劣等感が強い方に多いのは、なんでも一番にならないといけないし、勝たないといけないし、どこででも良い結果を出さないといけないとと思っているんです。

そうでないと、自分には価値がない、自分は人に劣っているということになってしまうとエゴによって思わされてしまっているんですよね。

あれさえ手に入れれば、劣等感がなくなる、こんな結果さえ出せれば自分の劣等感は払拭されるはず・・・と「頭で考え出したこと」の方に自分を従わせようとして、結果は出せても自分を犠牲にしてしまったり、結果が出ないから自分はダメだと思ってしまったりするんです。

随分と昔の話になりますが、セラピストの養成コースに来ていた生徒さんがいらっしゃって、ご本人はセラピストになりたいと話しているんですが、どれだけ話を聞いても、振る舞いを見ていても、全く他の人を癒したいと思っている方には見えなかったんですね。開業後、クライアントさんも一人も来ませんと話していたこともありました。

それからしばらくして、お会いする機会があったのですが、「やっぱり私セラピストには自分が合わないと思います」と報告してくれました。

どこで、自分はセラピストにならなければいけないという価値観を取り入れられたのかわかりませんが、その方が、セラピストとしてうまくいかない自分なんて・・・と思わないでいてくださって本当に良かったと思っています。

自由でクリエイティブな才能のある方だったので、今頃ご自分の道を歩んでいたら嬉しく思います。

 

今、劣等感を感じていたり、人生がうまくいっていないと思っているとしたら、誰かの価値観をモノサシにして自分をジャッジしているかもしれません。

苦手なことを克服しようとして苦しんでいたり、なんで自分にはできないんだろう、うまくいかないんだろう・・・と苦しんでいるとしたら多くの場合は、「自分の道」じゃないところにいるから、ということもあるんです。

 

だから、こんな自分はダメだって、罪悪感を感じることをやめてあげて欲しいんですね。

こんな、うまくいかない、人と比べて劣っている自分なんて・・・と現状に罪悪感を感じるのをやめたいんです。

なぜなら、現状に罪悪感を持つと、本当に求めているものも手に入らないし、その状況から抜け出せなくなるからです。

 

ですから、もしも劣等感が問題に感じているのなら、自分の劣等感をなんとかするために、例えば年収1億になりたいです、お願いします、とか、〜をくださいとお祈りする代わりに・・・・

「私が自分の人生の目的を果たすための道具はすべて与えられていることに気づかせてください」

とお祈りしてみてはいかがでしょうか。

それは、言ってみれば「私は自分本来の道を歩む」という意図でもあります。

 

本当の自分を生きたいです。

と、その手助けをしてください、とお祈りしてみます。

 

足りないと思っているところから欲しいものを望んでももちろん良いのですが、こちらの祈りの方の方が心に葛藤が生まれにくいので、スーッと届くと思うんですね。

 

自分の考えている欲しいものを手にしたら劣等感が払拭できる・・・

と考えるよりも、「本来の自分」つまり光り輝く自分を生きる。

というお話でした。