生きづらいのは親のせいですか?

従来のセラピーの世界では、自分自身の人格が形成されるのは大体3歳くらいまでであり、その間に親や養育者との関わりでトラウマ(裏切り、侮辱、拒絶、否定など)を負うことがあり、それらが原因となって生きづらさが生まれる。

それ以降の人生で起こる人間関係のトラブルは幼少期の頃の経験の傷が再び疼くため。

というような説明がされています。

そもそも、原因は「親」です。という解釈がされているんですね。

私も漏れなくそのような解釈をしていた一人です。

ただ、奇跡のコース(キリスト意識のメッセージ)などによる解釈では、苦しみの原因とは自分の中のエゴであり、自分は不十分、虚弱、不完全といった怖れの観念だと言われています。

ちなみにここでいう「エゴ」とは、エゴイスティックのエゴではなく、人が生まれてきて自分は「個」であるという意識を持った時点で生まれる思いのことです。

エゴの不足感というのは、もっと言えば自分はスピリットではなく、「自分は肉体」だという解釈から生まれてきます。

自分=限りあるいつか滅びる不安定な肉体

だと思っていれば、その体を生かすために必要な家、食事、お金、それらを取ってこなくては生きていけません。

少しのミスで自分という存在が永遠に失われてしまうとすれば、生き残ることを考えるだけでも不安でいっぱいになるのではないでしょうか。

自分は神とは分離した肉体だと思う意識こそが、そもそも怖れの原因であれば「親」の育て方とは無関係に生きづらさや不安感というものは誰にでもついてまわるものだと思いませんか。

 

最近読んだ本にヒントがありました。

すでに源に帰られましたが、ウエイン・ダイアー博士という欧米のスピリチュアルの世界でもとても著名な方の娘さんが書いていた本です。(「自分のための人生に目覚めて生きる」 セリーナ・J・ダイアー著)

彼女は、神の愛に身を捧げたダイアー博士から子供の頃からずっと、「君は神の子で神の一部であり、完全な存在だ」そう言われて育てられてきたそうです。

「ありのままの自分でいればいい」

「君は完全なる神の創造物であり、君は運命の主人公」

「自分の内なる声に従って生きなさい」

そんな風にたくさんの愛と真実を与えられて育てられてきたそうです。

それでも、彼女は

「自分は本当に神の輝きを持ち、目的を持ってこの世に送られた完全な存在なのだろうか?」

とずっと葛藤していたそうです。自分に疑問を抱き、劣等感に苦しんでいたと語っていました。

最終的に、神とは愛であること、自分の完全性を受け入れ始められたのは「自分でそれを見つけようと思い始めたから」と書いてありました。

実際にどんな風に育てられたかはわかりませんが、光の道を生きていたウエイン博士なので、他の人たちやご自身に与える真の愛と同じ愛がお子さんたちにも注がれていたはずだと思います。

それでも、娘さんは劣等感に苦しんでいたんですよね。

そう考えると、どれだけの愛を親が注いだとしても、どれだけ正しいことを教えたとしても、劣等感や不安感、苦しい気持ち、安らぎがない状態というのは、埋められないのではないかということです。

最終的に、自分自身が自分の意思で内側のスピリットとつながっていくこと。

スピリット(神)とつながって生きていくことが「生きづらさ」「苦しさ」から抜け出す鍵なのではと思っています。

アダルトチルドレンやアルコール、ドラッグなどの依存症などの治療に用いられる伝統的な方法に「12ステップ」というものがありますが、これもまた神と繋がり、「神に委ねて生きる」という道に誘われていくものなんですよね。

 

私たちの多くは、うまくいかないことがあると自分以外に「原因」を探したくなるのが常ですが、実際のところ大切なのは「生きづらさの原因」を追求することよりも、生きやすくなるにはどうしたらいいのか。もっと言えば、

本当に生きていると感じられる体験をするにはどうしたらいいのか。

それを問い、実践していくことの方が幸せへの近道な気がしています。

 

親のせいにしたくなる時、自分の人生というのはきっと思った通りにいっていない時だと思うんですよね。その心のやるせなさ、無力感、不甲斐無さ、悔しさ、焦りを誰かにぶつけたくて、それが親のせいだと思わずにいられない。誰かのせいにせずにはいられない。私も随分とやってきました。

それで、親のせいにするということは実は「私は幸せにならない」と宣言しているのと同じことなんですよね。

親のせいで自分はこうなった。

そう言う時、潜在的には、そんな親に責任を追及するために不幸な自分でいることを選択しているんですね。自分が幸せになってしまったら、親の子育てが成功したことになってしまうからです。

これはある意味「復讐」の人生を生きてしまっています。

自分の幸せを犠牲にして、親を恨むこと、親を認めないことを選択しているんです。

でも、本当はそんなことしなくていいんです。

幸せになっていい。

生きづらい自分はいつでも捨てられるんです。

それは「自分で作り出したイメージ」に過ぎないからです。

それは幻想の姿であり、本当の姿は美しく、非凡で、壮大、輝き、智慧と才能に溢れた神の一部だからです。

親の育て方のせいにしたくなる時、例えば自分の中には羽生結弦さんのような自由さ創造性、輝き、光、魅力がないと思っているからではないでしょうか。

憧れのあの人のような、自分がなりたいと思っている人のような素晴らしいものが自分にはない、そう思っているからではないでしょうか。

でも、人はみな同じ神の子です。

あなたの中にも、自由さ、創造性、輝き、光、魅力があり、あなたの分野でスターになることができるのです。

それが神の子として目覚めて生きるということです。

神の顕現としての自分のアイデンティティを受け入れ、それを生きた方がどれほど楽しい人生をおくれるでしょうか。

過去に起きたことに関わりなく、親の育て方に関係なく、誰でも幸せで豊かで自分を輝やかせ、喜びと愛あふれる人生を送ることができるのです。

神(本当の自分)とつながりを取り戻し、神(本当の自分)の意志を生きるということでです。

 

世の中には、本当のことを感じないようにして誤魔化しながら生きている人も本当に多いと思うんですね。

不満足な日常から生まれる病気の症状を薬で抑えながら、散財したり、アルコールや過度な娯楽に頼ったりしながら自分の中の生きることへの不安感を見て見ぬ振りして毎日を過ごしていたりする人も多いと思います。

それだけ、外の世界に源を求め、自分(エゴ)だけを頼りに生きるということは不安定で苦しいわけです。

けれど、もしあなたが「生きづらさ」に気がついたのならば、実は人生を本当に意味あるものにするための大きなチャンスとも言えると思うんですね。

目覚めのチャンスなんですよね。

本当の自分が誰であったか、その本当の自分を生きるスタート地点にたったということもできると思うのです。