苦しみや罪悪感を癒すために

どうしたらこの罪悪感や怒り、苦しみを手放せるのだろう。

そう思っている方も多いと思います。

 

私たちは、自分が誰かを傷つけたから私は罪悪感を感じるとか、自分がちゃんとできなかったから罪悪感を感じているのだと考えてきたと思います。

あんなことをすべきじゃなかった。

もっと優しくすればよかった。

もっと愛すればよかった。

あんなことしなければ別れないで済んだのに。

あの時にとめればあの人にはあんなことが起きなかったのに。

そんな風に後悔したこともあったと思います。

人生にはそんなものばかりが溢れているという方もいるかもしれません・・・

 

また、苦しみや悲しみを一つとっても、こんなことが起きたから自分は悲しい。このことのせいで自分は苦しい。そんな風に思うと思います。

お母さんが一緒にいてくれなかったせいで寂しかったし悲しかった。

あの人が私のことを大切にしてくれなくて私は苦しい。

会社の上司が私を評価してくれないから私は辛い。

 

そんな風に、自分の今感じている苦しみや罪悪感、悲しみ、怒りの原因は、見ているこの世界の出来事や誰かに原因があると思って生きてきました。

 

だからこそ、他人を憎むし、他人に対して怒りを感じるんですよね。

だからこそ、あんなことをしてしまったと、自分を責めるんですよね。

 

けれど、自分が原因だと思っていることは何一つ原因ではありません。

 

奇跡のコースのワークレッスン5には、

「私は自分で考えているような理由で動揺しているのではありません」

とあります。

 

こんなことが起こったせいで私は今、こんな感情を感じている。

あの人のせいで、私の心にはこんな思いがある。

 

ずっと信じてきたそれは、本当ではなかったのです。

見ている世界には原因は存在せず、結果しか存在しないんですね。

見ている世界は原因にはなれないんです。

私たちが見ている世界は心がした選択の「結果」なんです。

 

まずは、自分が何を感じているのかを見た後は、その自分が思っているようなこと、自分が思っている相手のせいで自分がそう感じているのではない。

ということを思い出したいです。

 

それだけでも、怒りや後悔はずっと減ると思いますし、自分のせいで・・・と思うことも少なくなると思います。

 

個別具体的な、例えばあの人のあの言葉で傷ついたとか、私があんなことをしてしまったせいで彼を傷つけたとか、誰でもが思っているそうしたことは、エゴが本当の罪悪感の原因に気づかないように仕掛けた罠です。

 

奇跡のコースでは、苦しみや罪悪感の本当の原因は、「私たちが簡単にわかる場所から隠されている」と言います。

本当の罪悪感の原因は、過去に自分がしたことでもないし、誰かから罪悪感を植え付けられたからでもないし、誰かの罪悪感という感情をもらってしまったからでもありません。

罪悪感の本当の原因は、

私たちは思い出すことはできないけれど、「神から離れた時に自分が選んだ『罪悪感』」、自分たちが神ではなくて自我を選んだという罪悪感です。

これが無意識のレベルにあるので、意識のレベルではわからないんです。

けれど、意識できないことを毎回、意識するということで、溶かすこと(ここでは罪悪感をなくすこと)が可能になります。

 

苦しみや悲しみ、怒りなども、同様に、“その心の中の罪悪感”を世界や人間関係、自分の身体や他の人の身体に投影して生み出した出来事に対して感じているものです。

誰も被害者ではないんですね。そして、加害者でもないんです。

誰も悪くないんです。

この世での出来事やこの世の人たちと、自分の罪悪感も怒りも苦しみも無関係です。

この世で誰かにしたことと、あなたの罪悪感は無関係です。

 

罪悪感を感じた時、怒りを感じたときは、「神から離れて自我と一体になることを選んだ時に、自分で罪悪感を選んだ。」それが原因。

ということを毎度思い出したいです。

怒りや苦しみ、罪悪感を感じるときはいつもそのことを思い出し、そのこと(自分で罪悪感を選んだこと)を赦してもらえるよう、別の選択をできるよう、ホーリースピリットに助けを求めたいです。

 

わかりにくいときは、

私たちが全員で、愛よりも怖れを選んだ時に感じた太古の罪悪感だ。

と思ってみてください。

この世界に身体を持っている人、全員で神様よりも自我を選んだ。

この世界に身体を持っている人たちは、その時の罪悪感をみんな持っていて、それをいろんな形で世界というスクリーンに映し出した。

と見てみてください。

出来事、人は「原因」ではないので、原因だとみないことがここでは重要です。

 

 

最終的に赦しがすべてであるのを忘れさえしなければうまくいく。
ほんとうにうまくいくのは、赦しを用いたときだけ。

ゲイリー・レナード 「 愛は誰も忘れていない」 より