依存はいけないこと?

誰かや何かに依存するのはなんとなくいけないこと、そんな風に多くの人が思っていると思います。

その理由はどんなものでしょうか?

お金を使ってしまうから?

時間を浪費してしまうから?

人に迷惑をかけてしまうから?

身体に悪い場合があるから?

自立しないといけないから?

 

依存が「悪い」というよりも、依存をすると依存している当人が苦しむんですよね。

何かや誰かに依存している時というのは、例えば、目の前にニンジンをぶら下げられて、決して自分のものにしたと感じることはないのに、それを追いかけ続けているような無力感、空虚さ、打ち砕かれた感覚、何よりも「怒り」を感じると思うんですね。

依存と聞くと、「依存症?」と思う方も多いかもしれませんが、自分にはないと思っているものを誰か他の人からもらえたら幸せになれる、他の人が〜してくれたら自分の必要が満たされる、と考えるその思いを「依存」と呼んでもいいのかもしれません。

依存の状態をエネルギーレベルで見ていくと、どんなことが起こっているかというと「外側からの何かで自分を満たしたい」といういわば、欠落感のエネルギー状態なんですよね。

そして、誰かに自分のために何かして欲しいとか、愛が欲しいとか、注目が欲しいとか、お金が欲しいとか、承認が欲しいとか、安心させて欲しいとか、もっと一緒にいて欲しいとか、気持ちをわかって欲しいとか・・・誰でも思うことだし、感じたことがあるような思いなのですが、そのニーズが満たされていない時というのは、気づいている方もいると思うのですが、怒りのエネルギーを発しているんですね。

 

誰かに、何かに、自分を満たして欲しい。

そんな風に外側から欲しがっている時、欠落感と怒りのエネルギーを発し、さらには「自分は欠けています」とアファメーションしているのと同じなんですね。

ですから、欠落のエネルギー状態の時、宇宙にはどんなメッセージを送っているかというと、

「自分は欲しいものを持っていません」「私は怒っています」

と表明しているんですね。

それで、宇宙はいつもその欲しがるものを「持っていないという状態」「自分は欠けているという状態」を鏡のように現実に映し出し、足りない、怒りを感じるという経験がまた一つ増えていきます。

 

私たちが外の世界の何かを欲しがる、それがなければならない。

と思う時、いつも起こっていることは、

自分は満たされていないし、怒りを感じているという現実を延々と固定し続けているということです。

つまり、

依存=怒り。だということです。

依存している対象に愛ではなく怒りのエネルギーで接しているということです。

何かに依存している間、自分の主要な波動はずっと怒っている状態だということです。

 

私たちの多くは、欲しいものを得られない、または得たけれどすぐ手の中からすり抜けていってしまう、得たものを維持するのに疲れる、ということを繰り返してきていると思うんですね。

そうした体験の中で「自分が不十分だから」とか、「自分がちゃんとできていないから」とか、「才能が十分でないから」とか、「自分に魅力がないから」だとか「努力が足りないから」だとか、「相手が悪いから、相手が不十分だから」「世の中が・・・」とかいろんな理由をつけてきたと思うんです。

でも、欲しいものが得られない本当の理由は、自分自身が不十分だったわけでも、相手が悪いからでもなく、世の中のせいでもなく、自分が「欠落」と「怒り」いうエネルギーを発していたことが原因だったということです。

本当に欠けていたわけでも、不十分なわけでもなく、ただ、誰かや何かを「欲しがる」という強い気持ちを持ったとき、欠落の波動を発し、それが現実化してしまったというだけだったのです。

 

ものすごく欲しいと思うと、ものすごく持っていない状態になりますし、ちょっと欲しいくらいだと、ちょっと手が届きそうで届かないくらい、そんなに欲しくないし、なくても大丈夫と思うと自分の元にやってくる。

という奇妙な状態を体験したことがある方も少なくないと思います。

欲しがるというのは、欲しいものをエネルギーレベルで遠ざけてしまうということなんですね。怒りのエネルギーで欲しいものを遠ざけているということです。

その逆に、すでに欲しいものと同じエッセンスを自分の中に持っていたんだ、と気がつくことは、欲しいものが自分の元に現れることを許すということになりますし、愛のエネルギーは磁石のように欲しいものを惹きつけます。

 

最近、友人に実際に起こった話なのですが、

「赤ちゃんが欲しくて頑張って妊活していたけれどずっと無理だったので諦めて、子供のいない人生を謳歌しよう、楽しもうとしたら、最近妊娠したんだ」とメールがあったのです。

“子供がいない人生でも楽しもう、そう思って楽しんでいたら子供がやってきた”

本当にエネルギーの法則というのは誰にでも働いているんですよね。

 

きっと、辛い思いもあったと思いますし、諦めがつかない、そんな気持ちもあったと思うのですが、自分の「今」の人生をできる限り楽しもうと思ったら、欲しかったものがやってきた、というのは、大きなメッセージだと思います。

 

誰でも欲しいって思うものがあるんですよね。

そして、本当に欲しくて、欲しくて、どれだけ頑張っても手に入らなくて、泣きたい気持ちで過ごしてきたことが、誰にでもあると思います。

それで、私たちは、欲しいものを得るために、または得たものを維持するために頑張って努力をしたり、我慢したり、相手や物事をコントロールしようとして疲れてしまうんですよね。

でも、根底には怒りのエネルギーが渦巻いていて、その怒りの波動が愛を遠ざけてしまって、優しい世界にならないんですよね。

これ以外のやり方、もっと優しい方法、疲れない方法はないんだろうか?って思いますよね。

 

では、どうしたら苦しい状態をやめられるの?

と思った時、欲しがるものというのは持っている。

ということにやっぱり気がつかないといけないんですよね。

欲しいものというのは、「別の形」か「気づいていない形」すでに持っているものなんです。

 

欲しがるものを追いかける、それでも手に入らない、怒りを感じる、という苦しい状態をやめるには、

 

「自分がすでに持っているものに気づかせてください」

そう宇宙にお願いすることができます。

 

欲しい何かが手に入らないと幸せにはなれないと思っている、それがそうではなかったのだという体験をちゃんと目の前に差し出して与えてくれると思いますので、それを受け取って楽しんでみてください。

すると、自分自身の発している波動が変わります。

欠落から満たされたエネルギーへ、怒りから感謝や愛へと変わると、見えてくる人生の景色がこれまでとは異なってきます。

そして、いつも成功した人たちが言っているように、

成功したから幸せになったのではなく、幸せだったから成功したのです。

ということが起こってくるんですね。

 

ポイントは、自分で頑張って感謝しなければ、とか楽しまなければ・・・としなくてもよくて、「本当はあるはずの喜びや幸せに気づかせてください」と宇宙(ホーリースピリット)にお願いする、というところです。

あとは、一歩ずつ、怒りを許しに変えていくということをやっていくということが大切かもしれません。

許しも、自分で頑張って許さねば、というより、そういう心になれるよう、助けを求めることができます。