今、世界で起きていること

連日、メディアでは新型ウイルスの報道がされています。世界に広がり、東京オリンピックの開催中止を含め議論がなされているようです。

今、世界では何が起こっているのでしょうか?

たまたま”運悪く”世界に病気が蔓延しているのでしょうか?

 

スピリチュアル的な解釈では、世界が大きな混乱を起こしている時や無秩序に見える時、

これまでの状態が破壊され、新しい状態が創造される時

いう見方ができると聞いたことがあります。

 

いくつかの企業は社員の出社を控え、在宅勤務にしたり、オンラインで会議をしたりしていますね。いくつかのメーカーでは新作の発表をオンライン配信にしたり、世界的なファッションブランドも無観客でショーを行い、あるアーティストもライブを無観客で行い配信するということを行なっているようです。中国のたくさんの学校が、授業をオンラインで行なっていると聞きました。

人々が身体を運んでリアルに集まるのではなく、どこにいても繋がることができる。

その象徴のように思えます。

私たちの集合意識はより自由な世界に移行しようとしているのではないでしょうか。

時によって人が集まるということ、ライブやスポーツなどイベントでは人が集まることも大切なことですが、会社や学校など、毎日毎日朝早くから行きたくなくても、満員電車に乗ってストレスを抱えても、一つの場所に同じ時間に集まるということが、本当に本当に必要なことなのだろうか、と古いやり方を問い直す局面にきているのではないでしょうか。

これまで当たり前にやってきたこと、世の中の多くの人が嫌だけれど仕方ないと従ってきたこと、そうした生き方について考える時なのではないでしょうか。

世の中のあらゆることについて、

本当は嫌だけれど、我慢しないとうまくいかない。

という根深い思い込みについて考える時だというサインなのではないでしょうか。

どうすべきか、と周りや世の中を伺うのではなく、どうしたいかと「心」に従って生きることを考える時だというサインなのではないでしょうか。

世界はもともと従わなければならないルールがある場所ではなく、世界とは自由を経験する場所なのです。(世の中のルールとは思い込みと罪悪感です)

 

世界はフラクタルです。

つまり、私たちの見ている世界が古いやり方を終えて、新しい状態を創造するとき、私たち一人一人の中でも、古い何かが終わり、新しい状態を迎え入れる時なんですね。

私たちはより自由になろうとしている、けれど本当に自由になってしまうこと(コントロールを手放すこと)への怖れがあり、その葛藤が現在、世界に見えていることのように思えます。

私たちの多くは自由を求めながらも、本当は自由を怖れている部分があると思うんですね。本当にどうしたいかに従って生きても、果たしてうまくいくのか、生きていけるのかと不安なんですね。

本当に自由になってしまったら、間違った「現実創造」をしてしまったらどうしよう、という怖れがあるんですね。本当に自由に振舞ってしまったら誰かを傷つけてしまうかもしれない、全てが本当に自分の思い描いた通りにそのままになってしまったら大変なことが起きてしまうかもしれない、責任を負わなければならなくなる、そういう怖れが深い部分にあるんですね。私たち人間は自分の人生をコントロールしているように見えて、ウイルスも天気もコントロールできていません。自分の体重や感情すら容易にコントロールできないのが私たちではないでしょうか。

私たちのマインドというのは本当に混乱していて、コントロールしてしまうことも怖がっているし、コントロールできないということも怖がっているんですね。

私たちは、こうしたことを受け入れ、「コントロール」というアイディアを手放す時に来ているのかもしれません。

うまくいくようコントロールしなくても、うまくいく。

うまくいくようコントロールしなくても、すべてはうまくいっている。

そのことに気がつく時なのかもしれません。

 

どれだけコントロールして、感染の拡大を防ごうと”えらい人たち”が策を練っても、ウイルスの感染の勢いがやまないのには「もうコントロールして怖がって、無理して、生きなくていいんですよ」というメッセージなのだと感じています。

毎度の自然災害を通して、私たちは「意志力(コントロールの力)」には限界があり、「自然」には歯が立たない、ということを学んでいることと同じように思います。

「自然」というのは、例のごとく「神」の完璧なプランであり、私たちが意図をしなくても今この瞬間も呼吸を続け、体内に血液を巡らせている、私たちの中に息づくその力、その生命力、愛のことです。

その力に支えられているから、「自分が」コントロールしなくても大丈夫だったんですね。

自分が「全部をやらなくてよかった」なんてどれほどの安らぎが得られるでしょうか。

ご自分の興味と望みに従って自由に、心の赴くままに生きる時がやってきています。

「本当の人生」の始まりです。