事故は偶然には起こらない

先日、ようやく再開した運転免許の更新に行ってきました。(コロナの影響でずっと警察署での手続きが休止していました)

免許をお持ちの方でしたらご存知の通り、更新時の講習に流れるDVDというのはなんとも言えない気持ちになりますよね。

さて、そんなDVDの中で、事故の原因にもっとも多いのは考え事などをしていて、意識が散漫になっていたり、携帯を見ていて脇見をしたり、何かがあって焦っている時、と話していました。

しかし、それは二次的な原因にすぎず、元をたどれば、例えば家族や子供が病気だとか、部下やパートナーとの関係がうまくいっていないだとか、何かしら「心」の余裕がない時なのだ、というお話だったんです。

そして、最後に「安全な運転はあなたの“”から」のような言葉がテロップで流れました。

 

正直、DVDを観ることに全くもって乗り気ではなかったのですが、最後、終わる頃には見てよかったと思いましたし、腑に落ちるという感覚があったんですね、やっぱり「心」なんだと思ったのです。

ルイーズ・ヘイやリズ・ブルボーなど病気と心の関係を紐解いているティーチャーたちは、事故は「偶然ではない」といいます。

事故を起こしてしまう時、交通違反、というのは、何かしらの理由で誰かに強い怒りを感じていたり、誰かを罰したいと思っていたり、罪悪感を感じている時だと言います。

また、誰かから同情されたい、注目を浴びたい(入院したり、怪我をしたり、身体が不自由になることで)という時にも起きるそうです。

それが、自分から事故を起こしたとしても、いわゆる“もらい事故”だとしてもです。事故、そのものが偶然によるものではないということです。

ということは、事故にあったらどうしよう・・・といたずらに不安に思う必要はないんですよね。

あらゆることに関しても、こんなことが起こったらどうしよう、あんなことが起きたらどうしよう、あの人にあんなことが起きたらどうしよう・・・そんな風に誰でも思いますよね。

例えば、運悪くリストラという「事故」にあったらどうしよう。

夫が自分を裏切るという「事故」を起こしたらどうしよう。

そうしたことも自動車ではないけれど、ある意味「事故」ですよね。

そして、やっぱり不安になったりすると思うんです。

その不安を打ち消そうと頑張ったりもしますよね。

でも、たまたま偶然に起こることというのはないし、運が悪かったらとんでもないことが起こるなんてこともないし、本当に自分の心次第、自分の平和な心、次第なんですよね。

私たちの心が乱れてしまうのは、あんなことが起きたらどうしよう・・・こんなことが起きたらどうしようと、不安になるからがほとんどです。

でも、本当は逆で、心が揺らがずにいれば大丈夫だということです。

そんなにも安心する情報なんてないと思いませんか。

大丈夫だと思えば大丈夫になるとか、そういうことではなく、私たちは本当に安全な中で暮らしていて、すべては完璧な取り計らいと、慈愛の中にいて、大丈夫だと思っていてもいいということです。

「大丈夫」を疑ってしまうときは、社会的なことや慣習、周りにどう思われるか、とかを気にしていたり、物事には制限や限界がある、限りがある、十分にはないと信じていたりしていますが、そういうことに囚われていない「真の自分の部分」というのは本当は大丈夫なんですね。

 

そういうことも含めて、日々、自己信頼、大いなるものを信頼する、そういう心を鍛えていきたいですよね。