不安や心配をしなくても大丈夫〜すべてはうまくいっている〜

新型ウイルスが蔓延することを防ぐために、全国で学校が休校になったりと、世の中の人々の不安や心配がより一層高まっている状況だと思います。

小さな子供が休めば、大人も仕事を休まなければならなくなり、収入が減ってしまう・・・子供たちだけで家に置いておいて大丈夫だろうか・・・

マスク不足から始まり、今度は紙製品やお米なども店頭から消えたと報道され、不安と恐れのストーリーがどんどんと加速していっているように思います。

不安や心配が広まっていくと、ここまでのことが起こってくるんですね。

 

冷静に考えてみると、過去に日本で大震災が起きた時のようにまだ「大惨事」というのは起こっていません。また、感染して重症化する方はこれまで毎年インフルエンザや細菌が原因の肺炎で亡くなる方や重症化する方の人数よりずっと少ないそうです。

逆に、誰でもかかったことのある風邪からそれが悪化することで毎年、様々な病に発展し、命を落とす方も数え切れないほどいます。

スピリチャルな意味で言えば、〜のせいで亡くなった。〜にかかってしまったせいで、〜が起こったせいで亡くなる。ということはありません。

偶然、運悪くこの世を去るということは起きません。

だからこそ、病そのものを死や苦しみの原因だと考えなくても良いんですよね。病にかかることを必要以上に怖れなくても大丈夫なんです。

 

小さな怖れ、不安感を大きな出来事にしてしまう。

という体験は、私たちの多くの人の日々の人生で気づかない間にいつも行っていることかもしれません。

「怖れそれ自体が、怖れていた状況をもたらしてしまう。」

というパラドックスです。

怖れを感じてもいいんですね、怖れを感じない人はいません。でも怖れているところからスタートさせる言動がその怖れをもっと大きなものにさせてしまうんですね。

 

私たちの多くは、今、不安や心配の気持ちを感じていて、それを現実として外の世界で見ているんですね。

けれども、今私たちにできるはその世の中の不安の流れに乗って行き、そこに加わるのではなく「これが真実の世界ではないことを教えてください」とスピリットにお祈りすることではないでしょうか。

 

不安や心配をこれ以上しなくていいんですね。

多くの人が不安や心配を感じているのですが、それは新しいウイルスがもたらした不安や心配というよりも、

自分はこの先大丈夫なのか、自分は健康でいられるのか、自分の老後は大丈夫なのか、リストラされないのか、自分のお店は大丈夫なのだろうか、支払いは大丈夫なのか、子供は大丈夫なのか、親は大丈夫なのか、必要なお金や物はいつまでも供給され続けるのだろうか・・・

と言ったそもそも感じていた不安や心配だと思うんですね。

今、本当に起こっていること、つまり新型のウイルスの本当の脅威が1だとしたら、そこに自分たちの感じていた元々の「安全に生きていけるのか?」という不安や心配のメガネを使って脅威を10にして見ているということです。

みんなが不安や心配をしているのは新しいウイルスではなく、「自分や大切な人はこの先も安全に生きていけるのか?(身体的にも精神的にも、経済的にも)」ということなんですよね。

その不安も心配もウイルスが発生する前から心の何処かにあったものではないでしょうか。

その不安感をちょっとでも落ち着かせたい、その気持ちからマスクやティッシュ、食料品などを買い占めしたいんですね。

それは、お金を貯めるのと同じ原理かもしれません。

とにかく私たちは安心したいんです。

 

新しい病というのは、常に生まれ続けています。原因不明、治療法の確立されていない病も常に存在しています。そして、怖れのメガネから見れば、病だけが私たちを脅かすわけでもありません。

しかし、

真実は、何も誰もあなたを脅かすことのできるものはありません。

私たちは、今、新しいウイルスに投影している不安や心配のストーリーから、

どんな外側のことも、自分自身を脅かすことはできない。

という真実に気がつくタイミングに来ているのではないでしょうか。

 

「私は安心している。」

そう感じながら生きてもいい。

ということをスタートするタイミングなのではないでしょうか。

 

「自分を怖がらせるのをやめて生きていく。」というタイミングではないでしょうか。

 

神がいつも伝えてくれている、

「心配しなくても大丈夫。あなたもあなたの大切な人たちも守られています」

という声に本気で耳を傾けるタイミングなのではないでしょうか。

 

「どんな外側のことも自分自身のことを脅かすことはできないというその真実をわからせてください。本当のことを見せてください。」

とスピリットにお願いしてみてください。

不安にならなくてよかったんだ。という安心感を感じてみてください。

 

不安にならない、心配しないということは、何もマスクをしない、手洗いをしないという意味ではなく、どんな行動をしたとしても、心に安心感を忘れずにいるということです。

 

子供が休みになっても、子供たちが外で集まることができなくなるとなれば、親がこれまでの働き方について考え、子供との時間を増やす必要があるかもしれません。学校が介入しない休み中の過ごし方について子供と根気強くコミュニュケーションが必要になるかもしれません。これまで以上に、家族間での会議、相談、話し合いが必要になってくるかもしれません。

過去の大きな災害でもそうであったように、この出来事が家族や大切な人たちとのつながりや関係が深まる機会になるようお祈りしています。

そして、より神やスピリットとの繋がりが深まり、これからはいつも安心して思い切り生きていっていいと思える機会になるようお祈りしています。

怖れのストーリーではなく、癒しと愛のストーリーを展開していけますように。