「安心したい」を満たすために

私たちの多くは、心の底から「安心感」を求めている。と言えるのではないでしょうか。

お金の不安を感じずに安心したい、そのために十分なお金が欲しい。

自分は誰にも劣ってなどいないと安心したい、だから努力して資格を取ったり自分磨きを頑張る。

女性として、男性として魅了があると感じて安心したい、だからハイスペックのパートナーが欲しい。

見捨てられる恐怖から解放され安心したい、だから早く好きな人と結婚したい。

 

自分で気が付いていても、いなくても、安心感を得るために多くの人は多大な努力をはらい、時間やお金、心を費やしているのです。

それでも、本当に安心したと感じられる人はどれくらいいるのでしょうか。

私たちが安心感の源を外側の何かに頼ることは、むしろ自分を安心から遠ざけ、不安にさせることと気が付いている人はどれくらいいるのでしょうか。

 

金銭的な蓄えが安心感を与えてくるように見えて、お金を蓄えたとしても、今度はお金を失うことや、貨幣としてお金そのものの価値がなくなることを恐れる人もいます。

素晴らしいパートナーを得て有頂天になったのもつかの間、今度はその人が他の異性に心変わりをしないか不安になったり、常に監視して落ち着けなくなったり、会えない日々に心をやつしたりするのです。

無事に結婚できたとしても、離婚を絶対にしないという保証もありません。

自分の中にある不安感は外側のものでは埋められないんです。

自分の中の不安感を外側のもので埋めれば埋めるほど、今度はそれらを失うことを恐れて不安になってしまうのです。

 

この世界全体が安心感を求めて、不安に駆り立てられてぐるぐると終わりのない円を周っているかのように見えます。

では、どうしたらいいのでしょうか。

 

まず、自分が心底「安心感」を求めていた。ということに気がつくことです。

自分はもうこれで大丈夫なんだと思いたかったんだ。

ずっと愛されている、これからも大丈夫なんだと思いたかったんだ。

これからもずっと生きるために必要なものは十分にあると思いたかったんだ。

そんな風に、安心感が欲しかったことに気が付いていきます。

 

自分は安心したかったんだ。と、それを理解してあげます。

 

そして、大丈夫であることを知ってください。

本当は何があっても大丈夫なんです。

 

あなたはもう大丈夫なんです。

あなたは今もこれからも愛されています。

これからも必要なものはいつでも十分にあなたに与えられます。

 

不安感や不足感というのは「怖れ」の声なんですね。

このままじゃダメだ。というのも、なんとかしないとという焦りも、全部「偽り」の声なんです。

このままじゃダメな自分というのは頭の中だけで作られている偽りの自分なのです。

いつか大変なことが起こるというのは頭の中だけで作られている偽りの未来なのです。

 

安心したい。

がもっとも安心感から自分を遠ざけてしまっていることに気が付いてください。

安心感を追い求めるのではなく、そもそも自分はこの宇宙に守られている魂という永遠の存在。自分の人生の主人公であり、自分の人生物語を作った存在でもある。

ということは、

安全だったんだ・・・

ということに気が付いてください。

 

私たち誰もの中に「信頼」があります。

自分の人生そのものへの信頼を思い出してください。

怖れの声はいつでも自分が脅かされていると囁きかけますが、そのもっとずっと深い部分には完全に安全であることを知っている部分があります。

 

すでに安全だったことを思い出すこと。

それが安心感を追い求めることに終止符を打ち、安心の世界を生きることにつながります。

 

不安なまま、外側に安心感を求めて走り続けると、いつまでも安心感を追い求めることになります。

けれど、すでに安全であったことを思い出し、自分の感じる安心感の中で自由に自分を生きれば、自分が安全であったことをさらに思い出すことができるでしょう。