コロナを乗り切る鍵

ゴールデンウイークをご自宅で、という方も多いかもしれません。

今年は、ゴールデンウイークを「ゴールデンスピリチュアルウイーク」にして、ご自身の魂が元の美しく輝く状態に戻っていくためのゆったりとした時間にしても良いかもしれませんね。

 

さて、今回のコロナを乗り切る鍵として、「自分だけで、自分だけが」という時代をみんなが終わらせる必要があるのだろう・・・と感じています。

これまでの、自分さえ良ければ、自分の会社さえ良ければ、自分の国さえ良ければ、自分だけでやる、そんな利己主義を改める機会がやってきていると思うんです。

 

スピリチュアルの世界でももっと自分中心になりなさい。とか、まずは自分の気持ちを大切に・・・と言われていますが、それはハートレベルの自分、魂レベルの真の自己に忠実に生きるという意味であり、世の中の欠乏の基準に合わせないという意味であり、決して自分のエゴに従って生きなさい、という意味ではないんですよね。

もっと自分を大切に。自分を愛する。というのは、自分のエゴに従うことや自分をエゴだと思って、それを大事にすることや、怖れの声を信じて自己防衛することではないんですよね。

 

今、いろいろな葛藤の中で生きている方が多いと思うんですね。

その葛藤というのは、愛か怖れかという葛藤でもあると思うんです。

例えば、自分は飲食店を経営していて、自分やお客さんの健康、社会的な役割を考えていくと自粛したほうがいいと思う。

けれど、もし、休んでしまったら収入がなくなってしまう。支払いができなくなってしまう。お店は閉店させるしかなくなってしまうかもしれない。

そんな風に私たちの心に葛藤がある時、というのは、怖れの声を聞いている時なんですよね。

もし、この場面で愛の声のみを聞くとしたらどうなるでしょうか。

例えば、今は自分のためにも久しぶりにゆっくり休んでみよう、家族とたっぷり時間を過ごしてみよう。いろいろな補償制度を利用できると聞いたし、自分も社会に協力して早期に解決できるようにしたい。

とか、

この機会にデリバリーに変えてみようとか、ずっとやりたかったあの分野にもチャレンジしてみようとか、クリエイティブな方法を思いつくかもしれません。

 

でも、怖れの声を聞いていると、

自分で稼ぐしかない。自分でやるしかない。なんとかしてお店を閉めずに生き残るしかない。お客さんは自分のお店を忘れてしまうかもしれない。

そんな風に、まず、自分の力だけしかあてにできませんし、未来や人を信頼できませんし、焦ります。苦しいです。

何よりも、その自分が、自分が、という思いが自分自身や自分の家族、周囲の人、たくさんの人を犠牲にしてしまうかもしれません。

 

「自分」にこだわっている時というのは、実はすごく苦しいんですよね。

というのも、その自分というのは、無限の存在である「真の自分」ではなく、エゴが思っている小さく無力で制限された、不安定な自己だからです。足りない世界に住む自己だからです。

葛藤の中にある時、制限された自分や世界、不自由な自分や世界を信じてしまっているんですよね。

苦しいのは、良いものには限りがある、自分だけの力でなんとかしないといけない、という制限されている世界を信じているからなんですよね。

 

自分自身や世の中にはタイムリミットがあり、世の中のお金にも限りがある、良いものは頑張って苦労して手に入れなければならない。愛や良いものは一部の人だけのもの。

そんな欠乏の世界を信じていれば、「自分さえ良ければ」と焦り、自分のことだけにしか興味がなくなってしまうのも仕方ないと思います。

今まで、世界の多くの人々はそういう「欠乏」の基準で生きてきているんですよね。

でも、今は「自分さえ良ければ」を続けていたら、いつになっても世界は変わっていかない、そのことに気がつく時なんですよね。

今、「感染症」とみんなが向き合っていますが、それこそ、自分さえ良ければではもう無理なんだ。というサインなんですよね。

自分さえ良ければ、自分は出かけたいから、自分は自由がいいから、そんな風に一時的に行動したとしても、その反動というのがあらゆる方向から戻ってきてしまうんですよね。

例えば、自分は健康だし、病気にかからないから・・・と遊びに出かけても、そういう人が増えれば、自粛生活というのは続いていきます。すると、健康には自信のあった人でも、経済的な面からダメージを受けるかもしれません。ディズニーランドにだって、映画館にだって行けるようになりません。

自分が与えたものが、自分が受け取るもの。

今のこの感染症が流行している時というのは、それを実際にはっきりと見ることができるんですよね。

 

コロナを無傷で乗り越えるには、私たちの精神的なレベルを「利己主義」から「利他を思う」というレベルに変えていく必要があるんです。

結局、利他を思う心というのは、それがそのまま自分に戻ってくるんですよね。自分を犠牲にするのではなく、真に誰かを思う、社会を思う、世界を思う、それが自分に返ってくる。

他の人に与えた愛というのは、自分に与えているんですね。

それを知識としてではなく生きる段階に私たちは入ったのだと思います。

私はあなた。あなたは私。

そういう世界です。

 

そして、その大前提として、豊かな世界、豊かな自分というものが本来の姿であるということを信念として持つということです。

世界にはいいものも、時間も、お金も、すべてのものが十分にある。

自分には才能も、命も、チャンスも、聡明さも、美しさも十分にある。

そういう世界や自分を生きる時がやってきているんですね。