人と世界が怖くなくなる方法

人間関係が上手くいかなくなる大きな理由の一つに、「競争意識」というエゴの意識があります。

学歴や、年収、働いている会社、どんなパートナーと結婚しているかということや、ちょっとしたことでも、意見の相違の場面などでも、人と比べ、人に勝たなければと思っているとしたら、いつでも競争心を持っていることになり、他者は「敵」であり、「仲間」ではないということなんですね。

常に勝ち負けを意識して生きているという時、他者全般、ひいては世界全体を「敵」だと思っているのと同じことなんですね。

自分の周りみなが「敵」だと思っていて、安心して過ごしていられるでしょうか。

勝ったとしても、次は負けるかもしれないと思っていて安心していられるでしょうか。いつか仕返しされるのではと安心できないのではないでしょうか。

みんなが「敵」だと思って、少しのことで自分のことをバカにしているのではと思ったり、攻撃しているのではと思ったり、厳しい評価を下してくるのではと思ったり、常に監視されていると思ったり、裏切ろうとしていると思ったりしていれば、世界は恐ろしい場所になってしまいます。

対人関係の軸に「競争」があると、人は対人関係の悩みから逃れられず不幸から逃れることができません(アルフレッド・アドラー)

他の人が信じられないとすれば、競争を生きているからかもしれません。

ここに2つの質問があります。

「他の人の幸せや成功を喜べますか?」

「幸せそうにしている他者を、心から祝福できますか?」

祝福できないとすれば、対人関係を「競争」として捉えているんですね。

他の人の幸福は「自分の負け」であるように捉えてしまうとすれば、その競争の意識が自分のすべての人間関係に持ち込まれているということになります。

「友人が結婚した時や成功した時に喜べない」という人のほとんどが人間関係が上手くいっていません。

また、自分のパートナーシップや仕事が上手くいっていれば喜べるのに・・・と思うかもしれませんが、それ以前に、競争意識があるからそもそもパートナーシップや仕事が上手くいかない可能性があるのかもしれません。

根底にある他者との「競争意識」でパートナーシップや家族の関係、友人関係なども困難なものにしてしまうのです。

ちなみに、競争意識というのは、優越感を感じたいとか、特別でありたいとか、そうしたものも含まれます。

優越感や特別でありたいの中には、例として、優秀な人間として他の人より特別でありたい、著名人や人気者と親しい人間として特別でありたいなどがあります。

他には、不幸であるということにおいて人の上に立とうとする場合もあります。不幸な生い立ちや、病気、苦しんでいることを武器のように使い、「こんな辛さはあなたにはわからないだろう」と優越感に浸ったり、人に心配をかけ、同情心を誘い(同情による支配)人をコントロール(思い通りに動かそうと)するパターンもあります。ちなみに、自らの不幸を特別であるための武器に使っている限り、その人は一生不幸を必要とするようになります。

もう十年以上前ですが、初めて会った時から「父親に捨てられた話」をした男性と付き合ったことがありました。ことあるたびにそれを持ち出し、不幸を自慢して人より優位に立ちたい男性だったんですね。

自分がデートしている男性が「競争意識」が強い男性だとすれば、その矛先は必ず自分にも向いてきます。

人間関係に競争を持ち込む。

というスタイルはどの場面でも登場してくるからです。

1つの関係に持ち込まれる「ネガティブなやり方」は他の関係にも持ち込まれます。(例えば、母親と権力争いをしている人は気づいていてもいなくても友人や上司、パートナー、兄弟姉妹たちとも勝ち負けを争っているということです)

私たちの関係は大変なものになりすぐに終わりました。

ちなみに、今、思い返せば私の中にも「人に勝ってはいけない」という「競争意識」があり、彼に変に譲ったり、上手くいっていることを隠すということで、彼を下に見ていたという節がありました。競争はしていないけれど、相手に勝ってはいけない、と思っている時点で、心のどこかでは自分が勝っていると勘違いしているわけですし、勝ち負けで人間関係を見ている時点で「競争意識」なんですよね。傲慢でした。

人間関係の中に競争があり、そのままであればどんな関係でも最終的には苦しみを生み終わってしまいます。

それどころか、強い競争意識があると人や世界が怖くなり、自分を社会や人間関係から引きこもらせてしまうことだってあります。

つまるところ、人が怖い世界が怖い、というのは、自分の中に “あると思っている”  攻撃性や支配性を外の世界に投影しているからなんですね。自己不信を外の世界に投影しているからなのです。

 

さて、本題です。

では、どのように人(世界)に対する怖れを取っていくか。

それは、競争意識を持たない。と言うことです。

人間関係において人に勝とうとしない、優越感を求めないということです。

権力争いに参加するのではなく、相手を挑発しない、挑発に乗らない、リアクションしない(我慢ではなく放っておく)ということで戦いから降りることです。

身近な人と戦ってしまいがちなら、その人を「敵」ではなく「仲間」だと思ってみてください。それだけで、心や胃のあたりの緊張がほぐれるのがわかるはずです。身近な人を敵だと思っていると、常に臨戦体勢で緊張状態にいることになり自分の健康を害しかねません。

また、競争意識の強い人にいつもちょっかいを出されたり、挑発されるのであれば、その人から離れた方が良いと思います。

もし、特定の相手に勝ちたいと思っているのなら、相手に興味を持ちすぎるのをやめて自分の人生を一歩進めることが大切です。というのも勝ちたい相手というのは、自分のことを認めさせたい、自分の正しさを証明したいと思っている相手だったりする場合もあるんですね。

「自分を認めさせたい」と言うのはエゴ(怖れ)からの想いですし、たとえ戦って相手を負かしても、自分を認めさせることはできません。まずは、その相手に自分を認めさせようとするのをやめ、自分の正しさを証明するのをやめ、

挑発せず、挑発に乗らず、相手の欠点を見るのではなく、できることなら相手を認めていくことです。(競争意識が強い人は誰かの欠点を見つけるのが得意になっています。他の人を認めたら自分が負けだと思うんですね。他の人を認めると、自分も認めてもられます。パートナーや親など、もしかしたら一番認めたくない相手かもしれませんが、否定するのではなく、認めると、自分が一番欲しかったものが得られますし、相手の人生を背負わずに済みます。)

そして、「自分の人生を前進させる」ことです。

誰かに勝とうとするのではなく、自分が幸福になることを目指してください。

というのも、誰かに勝ったとしても、いつかは負けるからです。勝ったとしても、今度は負けることが怖くなるからです。相手を負かすと自分がそのツケを支払うことになります。

もしも、競争意識が復讐心から起きているとすれば、誰かに直接、復讐するのではなく、自分が幸せになることで復讐するのです。

目先のことで争って相手に勝つのではなく、自分の人生そのものを成功させることによって復讐(勝つ)するのです。

ちなみに、その幸せや成功とは、どれだけお金を持ったかとか、どれだけ有名になったかとか、どれだけ素晴らしい配偶者を得たかなどではなく、

どれだけ自分の好きなことで他の人の幸せに貢献したか

ということです。

競争意識が強い人というのは、本当は多くの人に与えるものも貢献できるものもたくさん持っているんですね。パートナーシップのレベルで言えば、愛をたくさん持っているということです。

だからこそ、エゴが光り輝くことや繋がりを阻もうとしているんですね。

競争意識という問題を使って、争いを使って脇道に逸れさせ、光り輝いて自分が幸せになり、多くの人の幸せに貢献できる自分を生きるというミッションを阻んでいるんです。

エゴが、競争意識を使って世界を怖れさせ、人を怖れさせ、人間関係から引きこもらせているんです。引きこもってしまうと成功できないんです。だからこそ、そこで戦い続けるのではなく、「本当の意味での自分の幸せと、みんなの幸せ」を選択しなおすんです。

競争意識が強いということは、多くの戦いの中で自分が勝ったこともあれば負けたことも多くあり、その中で「罪悪感」もたくさん感じてきているはずなんですね。その罪悪感が人や世界に投影されて、人や世界を怖がるという部分がありますが、その罪悪感すら、幸せになることを阻むエゴのストッパーに過ぎず、罪悪感を消すためにエゴと戦う必要もないんです。

ただ、幸せへの道(自分の喜びを感じることで他者へ貢献する)を選び直し、自分の道を歩んでください。

人間関係というのはお金や仕事などの成功の土台にもなってくるところなので、書いてみました。

人が怖いと、「過去に傷つけられたから・・・」となりがちですし、そうした癒しの方法もあり私もそう信じ、色々試してきた過去があります。しかし、その場では気持ちを理解してもらえた・・・と短期的には効果があるように感じても結局、また他の昔のことを思い出したり、新たな人間関係で再び傷を負っていったり、人生を変えるまではいたりませんでした。傷さえ癒せば・・・ではいつまでも前進できないのですね。というのも、傷ついてきていない人などこの世にはいないですし、生きていれば常に傷つくリスクもあります。ですから、傷ついても、人生から引きこもるのか、戦い続けるのか、それともまた立ち上がり繋がり、人生に参加するのかどうかは本人が選ばなければならないことなんですよね。

今日書いたアドラー心理学をベースにした理論は、厳しい部分もありますが、ビジョン心理学や奇跡のコースなどとも通じる部分が多くあり、私には一番しっくりくる方法でした。

合う方に届けば幸いです。

参考:「嫌われる勇気」岸見一郎 著