コロナ自粛で喧嘩が絶えないんです・・・

尾木ママこと、教育評論家の尾木 直樹さんが「今、学校に行かないで子供が家にいることで、親子喧嘩が絶えない家庭がたくさんある」とお話しされていました。

先日も少し触れましたが、パートナーとの間でも喧嘩が増えているという声や、成人している方でも実家に帰り、親子喧嘩などが増えている、という声も聞きます。

まず、喧嘩ですが・・・

必ずしも悪いことではないと思います。

ちなみに、タレントの武田鉄矢さんが、免疫力を上げる本をたくさん読み込んでいるらしく、「喧嘩は免疫力を上げる」と言っていました。

確かに、私のメンターも「怒りや怖れを”溜め込む”とエネルギーが下がる」と話していました。

我慢して、一人で抱えこみ、ネガティブな思いを溜め込むとエネルギーが下がってしまうんですね。

 

喧嘩、というのは言い換えると、

「言いたいことを我慢しないで言い合える」

ということですよね。

ヒートアップして、思わぬことまで言ってしまうこともありますが、それが不平不満だったとしても、相手に対してこれまで溜め込んで悶々としていたことを思い切り表現して、相手の思いも聞いて、コミュニュケーションを取れると、溜め込んだネガティブなエネルギーを発散できると思います。

コミュニュケーションが取れていない時というのは、状況についての解釈というのは、自分の中の予測に過ぎず、実際、相手の様子がおかしいのは自分が思っているような理由ではないというのがほとんどだったりします。

喧嘩になっても、相手の思いを聞くことで、自分が思い違いをしていたことにも気がつくと思いますし、相手が思い違いをしていることについて、本当の思いを理解してもらうこともできます。

そのネガティブなエネルギーを発散した、その底から、本当に伝えたかったことが出てくると思うのですが、それは「愛」の思いだと思うんですね。

愛だからと言って、例えば、パートナーとこれからも一緒にいるという選択だけということもなく、感謝と共にお互いにとって別々の道を行くことが「愛」という結果になることもあると思います。

 

相手を失うことや、相手を傷つけることが怖いから、自分が傷つくのが怖いから、喧嘩できない、という方こそ、もっと喧嘩になることを覚悟したほうがいいかもしれません。

よく、喧嘩別れと言いますが、喧嘩をしなければ別れなかったかも・・・というわけではなく、お互いに言いたいことを言って耐えられる関係ではなかったということなんですよね。

言いたいことが言えない・・・喧嘩できない・・・

という場合でも、心の中に渦巻く不平不満というのはバイブレーションレベルでは相手に伝わってしまいますから、「我慢」してもしなくても一緒なんですよね。

言いたいことを言うと言っても突然にこちらから不満をぶつける、喧嘩腰に指摘する、というよりも、初めは「今、何を感じている?」と相手に聞いて、自分も感情をシェアしていくといいかもしれません。

 

今、いろんな家庭で喧嘩が増えているとしたら、それはこれまで「愛を求める叫び」をぐっとこらえていたからだと思うんですね。

これまで我慢していた、「愛を求める叫び」が、喧嘩という形になって現れているんです。

喧嘩ばかりが起きるというのは、「お互いが愛をもっとちょうだい!」って叫びあって、お互いが愛を与えることではなく、もらおうとしているからだと言えるんですね。

揉め事が起きるとき、心が「不十分感」を感じているんですよね。

親しい間同士の喧嘩では特に、「自分は相手にとって十分ではない」という罪悪感を感じていることがほとんどです。

例えば、親子喧嘩では、自分はいい親ではないのかもしれない・・・という思いが捻じ曲がって「あなたはダメな子」となり、自分はいい子供ではないのかもしれない・・・という思いが「お母さんは自分を十分に愛してくれていない、ダメな親」という思いになっているんですね。

自分は不十分だ、相手の期待や要求に応えられていない、迷惑をかけている、相手を幸せにできていない、不幸にしている。

その罪悪感の思いが、捻じ曲がって「ダメなのはあなただ!!」という怒りや裁きの思いになるんです。

だから、相手が自分に対して不十分だ!ダメな親だ!ダメな子だ!ダメな夫だ!ダメな妻だ!と言う時、

実は、相手が苦しんでいるんですよね。

自分の不十分さに苦しんでいるんです。

だから、「お前はダメだ!」と否定されたとしても、羽生結弦くん並みの神対応でいくとすれば(笑)

こちらが、相手の不十分さを見ない。できていない部分を見ない。欠けを見ないという見方をすることでサポートできますし、

「いつもありがとう。十分にしてもらっています。いてくれるだけで嬉しい」という対応ができれば、相手の足りない想いは癒されていくし、相手も変わってくるだろうし、実際にそういう世界を見ていくことができるんですよね。

 

お互いに本当は相手を愛していて、だから相手には幸せでいてもらいたいし、何よりも、自分も相手の幸せに貢献しているって思いたいんです。

それは、親子でもパートナー間でも一緒なんですよね。

結局のところ、家族間の喧嘩での根底の思いというのは、

自分は相手の幸せに貢献できていない。相手を不幸にしているのかもしれない。

という罪悪感の思いなんですよね。

それが根底にあって、

特に男性というのは、自分が相手の幸せに貢献できていない(相手を不機嫌にさせている)と思うと無力感を感じたり、自分に価値が感じられないと、何も与えたくなくなってしまうんですね。同じように、子供も、親が自分のせいで不機嫌だ、笑顔にできない、幸せに貢献できていないと思うと非行に走る、言うことを聞きたくなくなる、ということが起こってきます。

女性は特に、自分がそこにいるだけで、笑顔で喜んでいるだけで、感謝するだけで、パートナーや子供に貢献できているのに、無価値観や負い目から与えすぎ、頑張りすぎ、やりすぎたりして、自分が欠乏してしまい、不機嫌になってしまう、コントロールして相手から愛を引き出そうとしてしまう、ということが起こってきやすくなります。

 

一番いいのは、喧嘩をしないで一緒に幸せでいることです。次にいいのは、喧嘩を覚悟にコミュニュケーションをとること。その次が一人で抱えこみ我慢すること。

だから、喧嘩を悪いことだと思わないでも大丈夫です。

ただ、もし、もう喧嘩をしたくない。そう思うのであれば、

自分が幸せでいること。

です。

全力で、幸せにとどまることです。そして、自分の価値を認めてください。自分を十分な存在だと思っていてください。

相手にとっても、大切な人が幸せでいてくれることが、最も自信になりますし、あなたの幸せにもっと貢献しようと思うんですよね。

幸せでいる人に、もっと与えたい、もっと幸せにしてあげたいと思うんです。宇宙と一緒ですよね。

罪悪感がしぼむと、喧嘩も収まっていきます。

 

けれど、私たちの多くは逆のことを学んでいますから、不幸そうでいることや相手をコントロールすることで、足りない愛を埋めてもらおう、と考えてしまうんです。

「私の愛が足りないからあなたがなんとかして。愛を埋めて」

「私がこんな気持ちなのはあなたのせいだからあなたがなんとかして」

「私がこれだけ愛を与えたのだから、あなたも愛をお返しして」

その欠乏の思いが仲違いの原因です。

 

大切な人との幸せな関係のために、罪悪感なく、幸せでいることです。
相手が不機嫌でいても、不幸であっても、遠慮なく罪悪感なくです。

相手が愛を求めていても、相手の愛の欠如を埋めるために、自分が頑張りすぎたり、背負いすぎたりせずに、ただ相手の価値を認めてあげてください。相手が十分であることを見てあげてください。そして、引き続き自分自身を満たしてください。その満たされた感覚のエネルギーが周りの人に届いていきます。

自分が機嫌が良くて幸せな時、自然に人にも優しく接することができるという流れがベストです。

まずは自分が幸せでいることが大切な人への貢献にもなりますし、一番の社会貢献にもなるんですね。