愛はいつもさりげない

奇跡のコースにはこんな言葉があります。

 

愛は求めるならば、誰の心にも直ちに訪れるものです。

ただし、本当に求めなければなりません。

(テキスト4・Ⅲ・4:7)

 

天に召された人たちは「今」ここにいます。

身体を持たないだけで、「今」ここにいるんですね。

それで、久しぶりに父と話がしたくなり、心で父を呼び、サインを待ってみました。

天に召された人たちは、今、私たちとここにいて、お願いすれば必ず人や物、心に語りかける声、導きなどでサインをくれます。

 

父を呼んで、少しすると一つの「緑色」の風船が目に飛び込んできました。

そして、すぐにピアノのところに置いてある「緑色」のノートが目に入ってきて、私にはすぐに父からのサインだとわかりました。

なぜなら、父が大好きだった色だからです。

なぜ緑が好きなの?と子供の頃に何度も聞いたことがあります。

「目にいいから緑が好き」

そんな風にいつも答えて、カーペットもカーテンも、ポロシャツもよく緑色を選んでいました。

その光景も目に浮かびました。

父へのプレゼントはいつも大好きだった緑色を選んでいたことを思い出しました。

緑色がサインだとわかると、たくさんの愛が溢れてきて、嬉しくて泣きだしてしまいました。

 

そして、そのあとは、部屋中のありとあらゆる緑色が目に入り、父がいつもいつも見守ってくれていたことを教えてくれているように感じました。

すると、今度は愛犬が緑と紫とブルーの入ったボールを私に持ってきてくれました。

私にはそれも、サインであることがわかります。

 

 

本当に優しく優しく、私たちが驚かない方法で、思いもよらない方法で、でもちゃんとわかる方法で天からのメッセージは届くんですね。

自分にだけはちゃんとわかる方法です。

 

わんちゃんたちは、悲しんでいるとき、そっとお尻をつけて隣に寄り添ってくれたりしますよね。慰める言葉はないけれど、そのさりげなさにいつも優しい愛を感じます。

 

愛というのは本当に本当に優しくさりげないものなのだと感じます。

すごく繊細で、優しくて、優しくて、無口な、でも強烈な。